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白人の残虐非道な手は、5世紀後の大東亜戦争まで一貫して使われる常套手段だ

『侵略の歴史』この500年、白人は世界で何をしてきたか  清水馨八郎   つづき

インカ帝国を制圧したピサロ

アステカ王国を占領、莫大な黄金を得たコルテスのニュースは、カリブ海を探索中のピサロにも届いた。1523年、計り知れない黄金に恵まれたアンデス山中のインカ帝国のニュースを耳にしたピサロは早速インカの地を求めた。
エクアドルからボリビアまで延びる高地に沿って建設されたインカ帝国は、建国してまだ100年足らずであったが、山々を縫う道路、農業台地、雲の中に建設された高山都市と、驚くべき偉業が成し遂げられていた。皇帝アタワルパは、ピサロの進軍を知っていたが、途中で攻撃するような卑怯なことをしなかった。ピサロはアタワルパに使者を送って、来るよう招待した。ところが、ピサロははじめから皇帝を捕虜にしようと決めていた。ピサロの従軍司祭の神父は皇帝に近づき、通訳を通して、キリスト教への改宗を求めた。王は当然それを退ける。するとピサロはこれからの流血の事態に対するいかなる責めからも、神に名において免ぜられると告げた。
ピサロの合図で、騎兵隊が躍り出て、非武装のインディアスに襲いかかり、数千人をあっという間に殺してしまった。王の従者は王を守ろうとしたが、たちまちスペイン人の剣客によって切り捨てられた。王は人質にされ、ピサロはインカ帝国の支配権をこうのようにして奪った。インディアスの相手を疑わない寛容な善意の対応を裏切った騙し打ちであった。
このような白人の残虐非道な手は、5世紀後の大東亜戦争まで一貫して使われる常套手段だ。

捕えられた王は、部屋一杯の黄金をピサロに差し出す。その量はヨーロッパの半世紀分の生産量に相当するものだった。その途端にピサロは王を裁判にかけ、ロープで絞殺した。
ピサロは王の腹違いの弟に王位を継がせ、首都クスコに進軍した。どこまでも王を人質にして利用するためだった。そしてこの最後の王もクスコに連行されて、中央広場で斬首された。
先住民の制圧に勝利したスペイン人の征服者たちは、強制労働と貢物の強要を意味するエンコミエンダ制を、メキシコからペルーに広めた。
インディアスは唯一入手できる労働力として新植民地の経済的前進に不可欠のものだった。征服者たちは農業をまったく知らなかった。インディアスなしでは征服した土地はほとんど無価値に等しかったからだ。これはコロンブスが書いた通りであった。コロンブスの書より
「エスパニョーラのインディアスこそ富そのものである。なぜなら、彼らは地を掘り、われらキリスト教徒のパンやその他の糧食をつくり、鉱山から黄金を取り出し、人間と荷役動物の労役のすべてをするのが彼らだからだ。
メキシコとペルーのスペイン政権が栄える唯一つの道は、インディアスに労役を要求し、その土地を取り上げることで彼らをスペイン人の支配下に保ち続けることであった。そのため大量殺戮と恐怖政治が続けられた。(ちびちゃんHPの別ページ グアテマラの歴史も同じです)
インディアスは、征服者たちに何の罪悪感もなく殺された。殺された者の身元などだれも気にしなかった。
スペイン本国マドリードの中央政府から遠く離れた地にあって、法的禁制などすべて力を失っていた。

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