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十字軍の侵略の残虐行為も、世界中を荒らしまわった植民地帝国主義の暴挙も、都合のよい宗教的信念で進められた

『侵略の歴史』この500年、白人は世界で何をしてきたか  清水馨八郎   つづき

聖戦とは名ばかりの「十字軍」の正体

パスカルは『黙想録』で、「人は宗教的信念によっておこなうときほど、喜び勇んで、徹底的に悪を行うことができる」と述べている。「神、それを欲し給う」という宗教的信念に訴えれば、キリスト教者をどのような罪の深さも、神の名によって帳消しにされる。罪が罪として意識されない。
ヨーロッパ人が、中世東方に侵略した十字軍の侵略の残虐行為も、近世、世界中を荒らしまわった植民地帝国主義の暴挙も、このような罪の意識を持たないですむ彼らに都合のよい宗教的信念で進められたのだ。西欧文化が「罪の文化」といわれるのはこのためだ。
十字軍というと、キリスト教徒のヨーロッパ人が、聖地エルサレムを異教徒の手から奪回するための聖なる宗教戦争だと教えられてきた。白十字の楯を持つ騎士の凛々しい正義の姿がイメージされる。だがそれは西欧の歴史家によって美化された姿にすぎない。
十字軍とは、11世紀末(1096年)から13世紀後半(1270)に至るまで、7回にもわたって行われた遠征。一般には中世のカトリック教会が異端の徒や異教徒に対して行った遠征軍のことで、後世、十字軍という言葉は、ある理想または信念に基づく聖なる正義の行動としてプラスイメージで使われてきたが、真実の十字軍はとてもそんなものではなかった。
エルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教という3つの兄弟宗教の共通の聖地である。だから各信徒の礼拝の自由は、誰がエルサレムを統治するにせよ、保障するのが道理で、事実イスラム統治下でもキリスト教徒の聖地巡礼は、大体保障されている。
ところが十字軍はこの長年の慣行を破り、聖地をキリスト教で独占した。
当時エルサレムはイスラム教を奉ずるトルコ系のセルジューク王朝の支配下にあった。時のカトリック教の教皇ウルバヌス2世は、エルサレムを異教徒の手から取り戻すべく「神それを欲したまう」と檄を飛ばし、西欧の諸侯や騎士は、これに熱狂的に答えた。


近代まで連なる西欧人の「十字軍」精神

十字軍は宗教的信念というより、略奪した戦利品の山分け、土地の分配といった経済的欲求に煽られた人々だ。だから第一回の十字軍で、エルサレムが十字軍の手に落ちると、大虐殺、略奪が行われた。大勢のイスラム教徒やユダヤ教徒は、神殿ないにあつめられ、火を放って生きながら焼き殺されてしまった。たちまち聖地エルサレムは血の海と化した。
ナチスによるユダヤ人の虐殺は誰でも知っている。だがこの犯罪は、ナチス固有のものではない。キリスト教徒のヨーロッパ人によるユダヤ人の迫害、虐殺の歴史は、既にこの十字軍によるユダヤ人殺しに始まっていたのだ。(大沢正道氏『ヨーロッパ帝国支配の原罪と謎』)
数次にわたる十字軍東方遠征の暴徒によって、略奪、暴行、殺戮はすさまじいものがあった。東方の人は十字軍の所行を見て、西方から来た野蛮人としてのヨーロッパ人の本性をそこに見たのである。
大沢正道氏によると、キリスト教を信奉するヨーロッパ人にとって十字軍に発揚された精神は、十字軍魂としてその後のヨーロッパ人の行動原理となっている。なるほど第二次世界大戦後のアイゼンハワー大統領の対ソ冷戦は、反共十字軍の呼びかけであり、湾岸戦争は米軍にとってはアラビア十字軍という名の聖戦のつもりだった。
このヨーロッパ白人の十字軍魂は、近世になって今度は海を越え、地球の隅々まで侵略し尽くす世界植民地時代につながっているのだ。
第二次世界大戦の米軍の極東日本への遠征も、聖なる十字軍の延長である。

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