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コロンブス~の白人が先住民をいとも簡単に殺しつくしたのは・・・・キリスト教は都合よく利用されたのだ

『侵略の歴史』この500年、白人は世界で何をしてきたか  清水馨八郎   つづき

一神教民族と多神教民族の違い 

パレスチナ、アラビアの酷烈な自然風土の中では、自然に対決し、自然を征服しようとする絶対神を必要として一神教を生む。
これに対して自然の温和な湿極の日本では、自然順応、調和、共生の多神教が生まれる。
一神教が排他独善の不寛容な神、妬みの神になるのに対して、多神教は、誰をも受け入れる極めて寛容な慈愛の神となる。
仏教を生んだインドの世界は、モンスーン地帯に属し、高温多湿で、土地の生産性は極めて高い。ここで生まれた仏教は、当然キリスト教のような苛烈さ、峻厳さを持たない。日本もモンスーン地帯なので、血のしたたる刑死の十字架を祈るより、慈愛に満ちた釈迦の自然死の涅槃の像に親しみを覚える。日本にあるたくさんの仏像のどれをとっても残虐な血の匂いはない。経典にも戦争だ破戒だ、殺戮だのといった残酷な場面は出てこない。
キリスト教は、家畜を殺して暮らす遊牧民や狩猟、牧畜民族に都合の良い宗教になっている。動物は、人間に使われ利用され食べられるため神によって作られたとする論理が成立する。
神は地上に、神に似せてまず人間を創った。次にその下に被造物として動物を、そしてその他の物を造った。だから人間は神に代わって動物を家畜とし、これを殺し活用してもかまわないのだ。
他民族を侵略したり、戦争を仕掛けて勝てば、その民族は殺されるか奴隷にされる。奴隷は人間ではなく、羊や牛の家畜と同列の扱いである。奴隷は家畜だからこき使おうが、殺そうが勝手で、そこに罪の意識をを全く感じないで済む。
さらに神が自分の姿に似せて創ったという人間とは、白人のことであって、、黒人のごときは、神を侮辱する獣であるから絶滅するのが神の意志だという論理になる。コロンブス以後の白人が、発見した新大陸の先住民をいとも簡単に殺しつくしたのは、白人以外の植民地民族をはじめから人間としてみていなかったからである。奴隷狩りや奴隷市場で売買された黒人など、牛馬と同じ家畜と考えない限り、あれほどむごいことはできなかったはず。白人以外は人間でないと、キリスト教を白人に都合よく解釈して、その侵略や殺戮、植民地支配を正当化していった。白人の植民地支配の罪業が、人間として悪の意識、罪の意識を感じないですむように、キリスト教は都合よく利用されたのだ。



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