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真の自覚者になるために  一遍上人語録


一遍上人語録 -捨て果てて-
坂村真民さん著
 より


・・・・仏教というものは真の自覚者になるための教えであり、真の独り立ちできる人間になるための求道を説く教えなのである。それにもかかわらず、いつの時代でも国家権力を頼みとして栄えてきた。そういう頭がいつも働いていた。本来からいうと、宗教と政治とは、その行き方を異にするものでなくてはならぬ。宗教家と政治家とは人間が違うのである。

釈尊は政治家の血を持って生まれていない。釈尊の血は宗教家の血である。だから一切を捨てられたのである。

仏教ほど自由な教えがあろうか。紐は一切ついていない。すべてが自在である。
不動明王のあの鋭い剣は、束縛するすべてのものを断ち切る剣である。

 畳というのは藺(い)で編んだ敷物のことで、これ一枚あればいい。
 修行の道場も無用だ。
 やたらに寄附を募り歩く勧進僧にもなりたくない。
 説法できる浄い僧でもないから進んではやらぬ。
 偉いポストについたり、規則で縛られたりするのは好まないから、弟子も欲しくはない。
 パトロンなども要らぬので、こびへつらうこともしない。
 着るものも食うものも前世からの果報で、やたらに乞い歩かなくても、なんとか人さまが供養してくださる。
 それもできなくなったら飢死にするまでだ。御馳走はあの世でいただこう。
 世間の立身出世も好まないので、きまったものを身につけず、下さるものを着てきままにいるのが一番いい。
 小袖・帷子(かたびら)・紙衣(かみごろも)・古筵(ふるむしろ)・みの切れ、何でもかまわぬ。
 寒さを防げればいいのだから、あるものを身につけて生きてゆくのだ。
と歌っている。歌っただけではない。上人はこれを実行している。

 飢死にこそはせんずらめ

という気概に、わたしはうたれる。

中略

宗教が目指すのは何ものにも束縛されない精神の独立にある。

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