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僕の死に方  エンディングダイアリー500日

先日、仕事でお客様より、
「今、終活(しゅうかつ)の準備をしているんです」ということで
自作の動画の作成をお手伝いしました。

就活ならぬ「終活」、、こんな言葉も巷で出るようになったのですね。

でも、この方の終活には、たいへんな衝撃とある種の希望のようなものを感じました。


昨年41歳で亡くなられた、
流通ジャーナリストの  金子哲雄さん

僕の死に方 エンディングダイアリー500日

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金子さんは、肺カルチノイドという急性の難病になられ、最初の受診で余命0「いつ死んでもおかしくない」と告知される。

それから最期までの約500日。

金子さんは、病気のことを公表せず、その後も仕事を続けました。

死ぬまで仕事をしたい、との思いから病気の事は人には知らさずにいたそうです。

非常におやせになった時、あくまでも「ダイエット」と言い切り、笑いにすらしていたといいます。

入院はせずに、在宅で療養。往診の医師、看護師、奥様の介護による闘病生活。

延命治療はいっさい受けない。

死の一か月前から、この本の執筆を始めたそうです。



そしてなんと、亡くなる4時間ほど前まで、仕事を続けていたそうです。



また、自身の葬儀の手配から奥様の新居の手配、会葬お礼状もご自分で書いて準備された。



余命0の宣告を受けた後、最期の500日に突入するまで、

突入してから、金子さんの心中はいかばかりであったか。

推し測ることが、まったくできません。



想像を絶する絶望感と、しかしそれと同時進行で、

ご自身の内々から、

身もよじれるようなミラクルファイトなエネルギーが

コンコンと湧きおこっておられたのではないかと想像します。



金子さんが、発病なさる前にどのような死生観をもっておられたかは分かりませんが、

人生、生活の中で経験するさまざまな哀しみ苦しみ、学びなどから、

人は自分の死ということを

平素から想像したり、準備したりできうると思います。


たとえば、余分なお金がまったくないために、病気になったら人生終わりの時。
治療費など払えないから、病気の進行にまかせて、とか

クスリや治療が始まるとかえって病的な自分に深まっていくだろうという考えから、医者にもかからない、自然にまかせる、自分で治す、とか

人生の長い期間のさまざまな経験から、死というものがこわくないという感触が身につきつつある、さまざまな意味において、死に向かいながら毎日を生きている、とか

これは何も老後になってからおこることではないと思います



価値観、人生観、世界観、みなそれぞれ違っていますが、

自分の死というまさに究極事態に直面したとき

普段の自分には見られなかったエネルギーが自分の内から湧きおこるのかもしれません。


そしてそのエネルギーは無限だと思うのです。


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