スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

リンリンはわたしの骨であり、髄であり、焼いても残る霊性


『念ずれば花ひらく』
坂村真民さん



抜粋

リンリン

新村出編の『広辞苑』をひらくと、

一 粼粼
  川の清水が石に激するさま

二 凛凛
  寒さの身にしむさま
  端正にして犯すべからざるさま
  勢のりりしいさま

三 磷磷
  石の間を清水が流れるさま
  玉または石のかがやくさま

四 りんりん
  虫の鳴声
  鈴の響くさま
  湯の沸いて鉄瓶のひびく音
  歌う声のよいさま


わたしが言おうとするリンリンは第二番目の凛凛にあたろうか。
わたしはリンリンが好きなのである。これはわたしの本性かも知れない。だからわたしはこの物差しに当てて、わたしの好き嫌いをきめたりする。

わたしはリンリンと鳴り響いているものが好きである。だから第一の粼粼も、第三の磷磷も第四のりんりんも好きなのである。

わたしはリンリンたる人をさがし求めてきた。そしてその人にこのリンリンが消えると、わたしは遠ざかっていった。これがわたししの遍歴であり、求道であった。
生きている人はこのリンリンが出たり消えたりする。人間というものは妙なもので、病気になったり、逆境になったりすると、これがあらわれる。ところが病気が治り、少し立身したり出世したり、生活が豊かになったりすると、なくなる。雲水のときリンリンたる人が、寺を持ったりすると、それが消えてしまう。そういうことを見続けてきたわたしは、できるだけ身を低きにおくおとに努めてきた。周囲の者はどんどん上にのぼってゆくが、わたしはいつまでも同じ処にいる。
先生はまだ詩を書いているのですか、と面と向かって言う、かつての生徒たちもいた。
詩をつくるより田を作れ、と一ぱい飲んでいう教員もあった。
詩というものは敗残者の文学であるかも知れない。そうした屈辱に堪えかねて、屈原はべきらに身を投じたのかもしれない。

リンリンはわたしの骨であり、髄であり、焼いても残る霊性なのである。わたしはこのリンリンを喪失して生きている者を、あわれと思う。彼らはもう人間の目をせず、人間の声を出さず、人間の耳を持たない。そしてわたしとは無縁である。
こうしたこの世のなげきをどうすることもできず、わたしは草や木と親しくなり、山や川や海や石と話をしてきた。また現世にて結ばれないこのリンリンを、過去の歴史の人に求めてきた。

関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ちびちゃん HPもよろしくお願いします http://chibichan931.web.fc2.com/

Author:ちびちゃん HPもよろしくお願いします http://chibichan931.web.fc2.com/

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
ちびちゃんカウンター
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。