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捨てた者の世界は広い  念ずれば花ひらく~

『念ずれば花ひらく』
坂村真民さん


一遍について

抜粋

「念仏の行者は智慧をも愚痴をも捨て、善悪の境界をもすて、貴賤高下の道理をも捨て、地獄をおそるる心をもすて、極楽を願ふ心をも捨て、また諸宗の悟りをも捨て、一切の事を捨てて申す念仏こそ、弥陀超世の本願にもっともかなひ候へ」

中略

一遍には寺院の重さもない。著作の重さもない。金襴の重さもない。

  身をすつるすつる心をすてつれば
  おもひなき世にすみぞめの袖

すみぞめの衣一枚を風になびかせながら、彼はひょうひょうと歩いてゆく。おしや、つんぼや、非人乞食の群れが、彼のあとをついて行く。

春は花が散りかかり、秋は紅葉が散りかかる。
とんがり頭の彼の姿は、群鶏の中の一鶴のように、遠くからでもはっきりとわかる。
空也は市聖(いちひじり)
一遍は捨聖(すてひじり)
捨てた者の世界は広い。
一遍の広さは、他の祖師たちとくらべものにならぬ。そこにわたしは心ひかれる。束縛されるものがないので、実に明るい。
雲はどこで湧き
どこで消えるか
それは雲自身も知らない
無礙無心こそ
雲のすがたであり
雲のいのちである
そこに一遍独自の世界があった。
弘安十年の春のことである。

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一遍の歌

  をのづから相あふ時もわかれても
  ひとりはいつもひとりなりけり



  生ぜしもひとりなり
  死するも独なり
  されば人と共に住するも独なり
  そひはつべき人なき故なり

独りに徹したとき、人はもう一つの世界を知るであろう。
「孤独独一」こそ一遍の一遍たるところである。


わたしは毎暁大地に立って、暁天の霊気を吸い、風の音を聞き、星の光に触れ、木々のささやきを耳にし、飛びゆく鳥の声に和し、願文をとなえるのであるが、一遍もまたこのようなあけくれを、旅から旅へと続けていったであろう。遍歴遊行のきびしさを、わたしはいつも一遍の立像に見る。破れ衣にはだしのあの姿は、世尊の糞雑衣(ふんぞうえ)を思い出させる。まことの出家者は、かくあるべきである。


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