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大東亜戦争の真実 この500年、白人は世界で何をしてきたか―『侵略の世界史』

『侵略の世界史』 ーこの500年、白人は世界で何をしてきたかー
清水馨八郎 (千葉大学名誉教授)


清水馨八郎さんの講演
手作りで描いた資料を黒板にぺたっと貼ってほのぼのします。
講演中、時々声が大きくなるのはやはり戦争・軍隊をくぐりぬけてきた人の特徴か。
ダジャレがお好きなようで、「蒙古人、もう来ない!!」などと、真剣な顔でおっしゃる。
2・3人がグヒっと寒い苦笑するところがなんとも笑える、
齢90歳(2009年講演当時)、愛国の思いと情熱に満ちた講演だと感じました。

「日本文明のユニークさとその世界的使命」1
「日本文明のユニークさとその世界的使命」2
「日本文明のユニークさとその世界的使命」3

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『侵略の世界史』 ーこの500年、白人は世界で何をしてきたかー より重要と思われる箇所を以下抜粋

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残虐非道の奴隷狩り、奴隷貿易の実態 p126より
最初にアメリカ大陸に到着したスペイン人は、簡単にアステカ帝国やインカ帝国を滅ぼし、金銀宝物を略奪し、反抗する先住民を見境なく殺していった。その数は、多く見積もって1億人(白人がもたらした流行病死も加えて)にも上ると言われる。
これでは金銀の鉱山が発見されても、採掘の労働者が足りない。佐藤や、コーヒー、たばこなど白人に都合の良い植物農耕のための人手も足りない。
そこで彼らが考えたのが、アフリカから労働者として黒人奴隷を連れてくることであった。彼らは原住民を殺しすぎた結果、労働力不足に気がつき、鉱山労働力や農場の労働力をアフリカから収奪することになる。白人たちは人を多数殺しておいて、その穴埋めにまた悪事を働く。ここに人類史上に刻まれる2つの悪行を、彼らは同時に進めることになった。
ギニア湾は、ポルトガルからアフリカ西岸に沿って南下して東に回り込んだところで、ここはアフリカ内陸部から奴隷を刈り集め、奴隷船で需要地の西インド諸島や南米に送り込む積出地として好位置にある。
そのギニア湾岸には、今でも地名として奴隷海岸(スレーブ・コースト)(ナイジェリア、ラゴス付近)の名が地図に残されている。さらにこの海岸には白人泥棒たちが金を盗み出して盛んに運び出したという黄金海岸(ガーナ)や、象牙を盗み出した象牙海岸(コートジボアール)、穀物海岸(リベリア)などの地名がつけられていて、白人300年の犯罪史がはっきりと刻印されている。
奴隷狩りには、3つの方法がある。
第一は拉致、誘拐である。動物を捕らえるように待ち伏せして、通りがかりの先住民を攫ってゆく。第二に白人奴隷商人とアフリカ首長の契約。首長が他部族に戦争を仕掛け、捕虜を大勢捕まえて商人に渡し、代わりに安物の鉄砲やたばこや酒、ガラス玉と交換する。第三は、首長が白人と組んで同胞を売り渡す、買弁的行為である。
集められた悲運の奴隷たちは海岸の奴隷貯蔵庫に格納され、奴隷船が来るのを何日でも待たされる。

奴隷貯蔵庫の地獄絵のような悲惨の実態は、文化人類学者、川田順造氏の『曠野から』(中公文庫)の実態調査報告で知ることができる。奴隷船には複数の奴隷商人の商品(奴隷)が積み込まれるため、所有者の見分けがつくように、牛馬のように腕や腹に焼印を押され、二人ずつ鎖でつながれて暗い船倉に放り込まれる。船倉は天井が低く、立つことも横になることもできない。奴隷たちはそこに詰め込まれ、汗まみれ、くそまみれの生き地獄が待っている。だから航海中に半分以上は死亡した。死体は無造作に大西洋に捨てられ、魚の餌食にされたのである。


なぜ人間が人間を奴隷とする思想が生まれたのか

奴隷とは、人間としての権利・自由を認められず、他人の支配の下に、諸々の労務に服し、かつ売買・譲渡の目的とされる人のことである。日本人には、古代から奴隷という言葉も奴隷制度などの風習も全くなかった。世界唯一の平和な国であった。日本では、同じ人間を牛馬と同じ感覚で家畜のようにこき使い、商品として売買するなどという非人道的なことは、とても考えられなかったのである。

日本にも古代、奴婢という言葉があった。これは律令制の賎民の一種で、最下位の召使いの男女のことだが、彼らとて、どこまでも人間であって、家畜ではなかった。西欧の白人たちが、人間を奴隷に落として、なぜ罪の意識を感じなかったのだろうか。それは旧約聖書に都合の良い解釈があったからだ。

造物主の神は、その代理人としてまず人間を作り、その下に被造物の動物、その下に万物を創られた。人間は神の代理人であるから、動物を家畜として支配し殺し、食してもよい。奴隷は家畜と同格だから、人間のためすべてを捧げるのは当然といった具合である。狩猟、牧畜、遊牧の民といった、動物を殺し食することを生業とする民族に都合よく考えられたのが、キリスト教である。

これに対して、日本のようなモンスーン地帯の農耕民族の民は、植物を食の対象として暮らし、仏教の殺生禁断を旨とし、生き物を殺すことにも、あわれみと罪を感じて暮らしてきた。ましてや、人間仲間を家畜としてこき使う思想は育たなかった。キリストの神の教理による奴隷制度の正当化の下、南北アメリカ大陸やアフリカ大陸で、白人の人間家畜としての奴隷の大量貿易、大量酷使、大量殺戮の悲劇の時代が始まるのである。


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