スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

陸軍海上挺進戦隊

陸軍海上挺進戦隊
太平洋戦争の時、特攻隊として、敵軍に体当たりし、闘った御英霊がたくさんいたことはみなさんご存知です。
特攻兵器として、このようなものがあったことを実は知りませんでした

財)特攻隊戦没者慰霊平和記念協会 資料より

http://hc6.seikyou.ne.jp/home/okisennokioku-bunkan/okinawasendetakan/kaijotokkoutei.htm

image91.jpg


陸軍海上挺進戦隊

一 軍が行った海上特攻
 昭和19年2月、米軍はマリアナ諸島・ニューギニア西部に進出、フィリピンはもはや目前に晒されていた。さらに、やがては沖縄侵攻も予測されるなど、戦局は日本にとってまことに憂慮すべき状況にあった。すでにわが航空戦力の消耗ははなはだしく、敵の進撃を阻止するには、敵船団を上陸する前に撃破する以外になかった。ここにおいて、同年7月陸軍海上挺進戦隊が結成され、訓練が開始されたのである。

 その任務は、上陸準備のため泊地にある敵船艇に250キロの爆雷を装着したベニヤ製のモーターポートによって、夜間奇襲こよる肉迫攻撃を加え一艇をもって一船を屠ることであった。

 結成された陸軍海上挺進戦隊は、隊長には陸軍士官学校51期・52期・53期・54期の若い少佐と大尉があたり、中隊長には陸軍士官学校57期を主体とした中尉・少尉がその任に就いた。また群長(小隊長)には18年12月に学徒出陣した船舶幹部候補生第10期・11期を主体とし、更に12期の見習士官及び各地の幹部候補生隊から採用された見習士官が任に就き、一般隊員としては船舶特別幹部候補生の、当時16才~18才の少年兵が主として充当された。戦闘の主力をなしたのは、この年若い少年兵たちであった。

 全軍より選抜された、16才から25才の若き精鋭たちは昼夜を分かたぬ猛訓練の後、19年10月、30コ戦隊の編成をもって、おのおの最後の決戦地、フィリピン・沖縄・台湾に展開を完了した。

 これら陸軍海上挺進戦隊は国軍の大きな期待を担って、短期間に部隊を編成、不慣れな海上において無防備の特攻艇を操らなければならなかった。もちろん生還を期すことはできない。こうした不利な条件下で、敵船艇を撃沈すること数十隻という嚇嚇たる戦果を上げたのだ。しかし、当時は隠密部隊として、まったく世に発表されないまま終わっている。

 青春のすべてを抛って鬼神のごとき攻撃を敢行し、再び帰らざるもの1,636名の多きに及んだ。陸軍海上挺進戦隊の業務は、その家族と国を憂う純粋な心とともに、永く青史にとどめなければならない

関連記事

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ちびちゃん HPもよろしくお願いします http://chibichan931.web.fc2.com/

Author:ちびちゃん HPもよろしくお願いします http://chibichan931.web.fc2.com/

カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
ちびちゃんカウンター
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。