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依存症

依存症


依存症といえば、覚せい剤をはじめとする薬物依存症から始まって、アルコール依存症がまず思い浮かぶ。

以前、TVで、セックス依存症などというものも存在することを知った。
異性に関心をもってもらわずにはいられない、男に抱かれないと自分を生きられない依存症があるという。

はっきりいっておぞましい、というか、かなりの嫌悪感を感じた。


ちびちゃんのHP http://chibichan931.web.fc2.com/
では貧困や自殺のことをテーマにいろいろ当たってきたが、どうも依存症というものに関しては、
何かしら受け入れがたいというか、理解が及ばないというか、もう最初っから固定概念でくってかかろうと
する自己意識がはたらいていて、実態を知りたいという積極的な思いになれないでいた。

そんな折、依存症をテーマにした研修を受けることができた。



「依存症の理解と治療共同体の役割」

Addiction & TheRecovery

NPO法人三重ダルク 市川岳仁 氏



ダルクとは民間の薬物依存症リハビリ施設で、全国各地にある。

市川氏は三重ダルクの常務理事、
障害者小規模作業所『リカバリー』の所長
龍谷大学矯正保護研究センター嘱託研究員
といった肩書から、いわゆる学問的に依存症を語ろうとする研究者さんだろう、、、と想像されたが



とんでもない、

そんな人ではなかった。。。





1970年代、名古屋市の平安通で生まれ育ち、

中学一年の時、パニック障害(過呼吸)に罹り、精神科通院

精神安定剤などの薬物依存症になり、

ダルクを知って、そこでの生活で回復を得る。





東海生活保護利用支援ネットワークの総会後の研修として行われたため、聴講者は、弁護士、司法書士を
はじめとした、一見お堅い人たち。。。



ラフな出で立ちの市川さんは、席上でのあいさつで、

「さっきこの司法書士会館の下まで来て『あ、ここじゃない』(場違い)って、いったん出たんですよ。」(笑)



市川さんの講演内容

みなさん、飲酒運転を減らす方法はなんでしょう?



「飲んだら乗るな!」「乗るなら飲むな!」っていうあのスローガンでかたずけようとする。

そしてアルコール依存症の治療を法律の中に組み込もうとする。。。

が、そもそも、そんなモラルがどうのこうのというものじゃなくて、

お酒がやめられない人たちがいるってこと。。。

(神奈川県内での調査では、飲酒運転で捕まった人の60%弱に、アルコール依存症の疑いが認められた)





多重債務

あいかわらずTVのCMを派手にしている貸金業の「ご利用は計画的に」、のキャッチフレーズ。

「ご利用は計画的に」、というが、

そもそも 計画的に利用できない人がいるわけで。。。



多重債務の背景には

○ギャンブル依存症

○買い物依存症

○薬物依存症
などがある



薬物依存症、と一言で言っても、何も覚せい剤だけに限らない。

例えば、咳止め薬・・・あれを一日20本も飲む人がいる、これも立派な薬物依存症である。



WHOは「依存症」には4つの側面があるとする



○社会的(Social)

○からだ(Bio)

○こころ(Psycho)

○霊的(Spilitual)



霊的(Spilitual)という概念は日本にはあまりなじみがないですが、

○社会的(Social)・・・逮捕・処罰・失業・失墜・借金・友人をなくす 

○からだ(Bio)・・・肝機能障害・ウイルス感染(ex:HIV)・脳のダメージ(幻覚、妄想)・事故死・自殺

といった、外から見える部分は、人が見て、社会が見てわかる部分で、その見える部分だけで、
今まで依存症に対する対策が取られてきた。

しかし、実は当事者の内面(はたから見えない部分)

○こころ(Psycho)・・・不安・恐れ・コンプレックス・罪悪感・抑うつ

○霊的(Spilitual)・・・慢性的空虚感・自己不全・否定感

こそ、注目されねばならない。



ところが、社会通念では「依存症」に対する理解は、アルコールも、覚せい剤も、薬も、肉体側から脳や体を
蝕むものだ、「恐ろしいものだ」「ダメ」「絶対ダメ!」

悪いことだっていうスローガンだけがつくられちゃう。

内面を見ていないわけで。。。。



ここに「依存症」に対する誤解がある。



薬物、アルコール、ギャンブル、ニコチンそのものに毒性・魔力がある、コワイ←社会の見方

薬物、アルコール、ギャンブル、ニコチンそのものに毒性・魔力があるのではない←本来の見方



「中毒」と「依存」がごっちゃにされている

「中毒」とは「あたること」

「依存」とは「はからい」



そもそもなぜ「依存症」が起こるのか

例1
ずっと性の虐待を受けてきた人

大人になってもその時のスクリーンが記憶として蘇り、結婚してからも、恋愛でも思い出される。

精神科で、たまたま出された薬がやめられなくなった。

お酒を飲まないと夫に抱かれることができない。



例2
阪神淡路大震災の被災者

肉親を失うシーン、自分や周りの人々が瓦礫の下にあるシーンが蘇る

たまたま飲んだ酒。。。だんだん常になり、やめられなくなる。



例3
トラック運転手

社会(他者)に認められたいがゆえに、覚せい剤を使ったら、たまたまいつもの自分よりパーっとする、
バリバリ働ける。

これなら社会で認められる、と感じた。



例4
発達障害→家庭でも、社会でも叱られること多い→劣等感

教育の機会も与えられず生きてきた。
でもクスリを売りさばくことで、これを必要とする人が自分に寄ってくる。自分は頼りにされてる。



例5
機能不全家庭で育ったことで、慢性的な自己不全感(空虚感)

他者から必要とされたい!→関係性の依存「何かしてあげたい、何かしてあげたい」



何をどう「はからう」のかによって、何の依存症になるかが変わってくる



もの
ニコチン、カフェイン、薬物、食べ物、アルコール、砂糖



人間関係
虐待(暴力)、恋愛、セックス、共依存



行為
過食、拒食、ダイエット、ギャンブル、ショッピング、仕事



こうなってくると、「依存症」は、ほとんどの人に関わってくる!

どんな依存症になるかは、その人のもともと持つものによって決まってくる。

「薬物」という依存症があるのではない。各人のもつものによる。



ところで、覚せい剤といえば、あの「ヤク」がきれる時の幻覚、苦しみ、悶え、、、、禁断症状の地獄

そして、一夜耐え抜いたあくる朝のあのまばゆいばかりの光、、、

あれっていうのは、全部、嘘だそうです、TVのフィクションだそうです。

覚せい剤には、そもそも禁断症状なるものは、ないそうです。




依存症になる人の傾向

依存症リハビリ施設「ダルク」利用者の最終学歴



中学卒 53.9%

高校卒 38.2%

専門卒  5.9%

大学卒  2.0%



半数以上の人が、中学の段階ですでに何らかの問題を抱えていると思われる。

それは、

発達の障碍(知的障碍、ADHD・PDDなど)

虐待の影響

家族がまた依存症である

精神疾患

といった、生きづらさ、、、これらがドロップアウトの原因になる。




市川氏自身の依存症の体験を例にして

1982年発症

1980年代は、「精神科患者」であることは、かなりのスティグマだった。

「閉じ込める」、「監禁する」、周りにとても言えない、ホントのこと言えない時代であった。



市川氏は、不適応からひきこもり、挫折の繰り返し

買い物依存へ

これは外側の自分をきめる、、見せる自分である。ブランドでかためる。

なぜこんな行為に走るのか?→「自分が好きじゃないから。」

「自分を好いてくれる人を求める」→恋愛・セックス依存へ

やがて恋愛相手のことを考えて、仕事も手につかなくなる。



その後パチンコ依存を経て、薬物依存へ。

薬を飲んだから「依存症」になったんじゃない。自分が自分を好きじゃなかったから、
自分が認められないから、
つまり根っこの部分が解決していなかった。



(酒もパチンコもそうですが)
「もう、薬、やめます!」とTVなどでタレントが涙ながらにしゃべる。

しかし、そうは言ったものの、やめられない。。。

意志の弱さ、だらしなさを指摘、否定され、責められる。

ここでまた、外の部分だけを責められることになる。



そこで、市川氏より

「やめられないことを恥じてしまって、ますます手助けを求めなくなる。

「私やめられないんです」「助けて」・・・・・・・といえることが大事!



この間市川氏の依存症は、1995年、ダルクに行くようになり、回復が始まる。

市川氏:「精神科に行っても、医者から『がんばれ』と言われても、「なんだこいつ」と思ってた。

「りっぱなセンセー、ネクタイしめたよーな人に私は治してもらったんじゃないんです。」



ダルク・・・そこにいたのは、不登校、退学、転職、借金・・・精神病院、刑務所にかつていた人たち。

開けてみたら、妖怪みたいな人たちでした。(笑)

「消えたい」「死にたい」「やってらんない」・・・同じような仲間がいることで、

「自分だけじゃない」「自分も回復できるかも」

そういったところにいた、自分と同じような経験をした人たち。





一番の医者(先生)は、(依存症が)ちょっとよくなった状態の人です。
治ってだいぶ経った(15年経過)の私なんかは、もう役に立たない。(笑)

薬物を使わない生き方は、回復中の人に聞くのが一番。



「今日、薬とりたくなっちゃって。。。」



「あ、わかる、わかる、、、」

「一人になるなよ」

仲間が引っ張ってくれる。



それを市川氏は「分かちあい」sharing と表現する。

助けられる側だけじゃなくて、助ける側にもなる。

自分も当事者であるからこそ共感できる。



確かに。。。

人のために何かしているとき、実は助けている側の方こそ、その行いをすることで、自らをたすく、

助けられているものです。(ちびちゃん)



新しくダルクにやってくる仲間と分かちあっていると、自分の挫折の経験もまんざらでもない、

「役に立つことがあるんだ」「必要とされているんだ」という感覚から自尊心が育ってくる。



さらには地域社会に受け入れられ、「私は役に立つ人間である」という自尊心を持てるようになる。

結果、自己価値が上がることによって、再発しなくなる。



つまり、薬物依存からの回復には、

「自分は必要な存在であり、役に立っている」という感覚を得ることが必要。



こういうプログラムは刑務所や病院にはない。



仰々しいカウンセラー、臨床心理士、なんていう資格、何も持ってない、研修なんて受けてない

なのに、相談に来た人をもう助けてる。何の専門的なものでもないのに。



しかし、ここにこそ、真実をみた思いがしました。(ちびちゃん)



しかし、薬物依存者が役に立つための場所と言うのは日本社会のどこにあるのだろうか?



彼らは助けてもらう存在、罰を受ける存在でしかない。





自治体の保健所、役場の悲惨さ

生活保護を求めにくる病んだ人を

追い返す職員、

「ホームレスになれば」「風俗で働けば」「親、親戚に養ってもらえば」「まだ働けるでしょ」



精神科では、医者は精神疾患をひとくくりに「うつ病」と診断し、お決まりのように薬を出す。



なぜ、真の治療が当たり前のように自然に行われているところがある一方で

へんに偏見、屁理屈、体裁、虚飾ぶった偽りの対応(役所や病院、刑務所)が行われているのか、

そのギャップの大きさに唖然とします(ちびちゃん)

「自分は貧困問題の支援(草の根)をしているが、支援すべきはずの現場(役場など)が、本来の支援に
なっていない、そのギャップの大きさにとまどう。なんでですか。」との質問に対し、市川氏は、



世の中というものは、ある低いレベル、堕落、低い価値基準というものを必要とするもんなんです。

それがあることで「それ、オレはこんな輩とは違うんだ」と思えるから。

(実にさみしい言葉ですが、、、たしかに、言える。。。)

裁判では被告

刑務所では受刑者

医療では患者



そして、本当は、“専門家だから”治癒できるってわけじゃないのに

専門家は、「自分のおかげで治った」っていう自己効力感を味わいたいだけ。



これを聞いて思い出したのは、以前、ある講演会で精神科医が

「私も頑張ってますからね、それで患者さんがよくなって、『せんせいのおかげで』って言われて、
「ああやっててよかった」って思うんですよ」と語ったこと。

ちょっと違和感を感じたのを覚えています。それで思い出しました。(ちびちゃん)



医者はつまり、自分の治療がよかったのね、を言いたいんだ。



世にある臨床心理士、カウンセラー、精神科医、弁護士、社会福祉士、

世の中はそういう専門家だの、プロだの専門性だのといった側から「依存症」を診断し、定義づけし、
治療も勝手に方向づけてきたような気がする。(ちびちゃん)



当事者としての経験を分かち合う自助というスタイル

薬物をやめたい仲間の手助けのみが基本

「自らは決して専門家ではないし、強い信念があるわけでもないが、
自分がかつて苦しんだことで、今、目の前で苦しんでいる人を放っておけないと感じるから
活動しているだけである」



「ダルクでは、利用者だけでなく、スタッフも自己肯定感を高め、自らの回復促進しており、
専門家が一方的に援助や治療を施す温情主義や、権威的上下関係が入り込む治療・援助構造とは異なる
価値観で構成されている。」



なるほど、と思う。そもそも依存症のみならず、うつ病などの精神的病というのは、外科ではない。
その人の内面から端を発している。
切ったりはったり、ましてやその経験のない者が、専門書を学んで資格をとって、何で患者を治癒できるか、
ずっと疑問だった。(ちびちゃん)



実際、質疑応答中に、ある弁護士からこんな質問が出された。

「私は覚せい剤をやった人を弁護することがよくあります。私の育った環境や経験とはまったく違う人です。
共通点がないんです。そういう人と接するとき、どうしていいのか分からないんですが。。。」

(えーーーそんな気概で弁護士やってんの????と思ったが)



市川氏は、ひるまず

「先生が、その人と『まったく共通点が見当たらない』とおっしゃるのなら、

彼が喜ぶことを示してあげることです」



「・・・?・・・・・・・・??」



「裁判云々のまさに土壇場で、我々がやっているような自助のやりとりなんてできないですよね。

でもクスリをやったその彼が、気持を向けてくるようなこと(裁判上の)を示してあげるんです」



結局その弁護士さんは「はぁ。。。。。」と分かってなかったようでした。



市川氏は実例を腹に描いているようで、にやにや笑っていました。




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