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ドストエフスキーの作品から 処刑寸前から生還した文豪が語る「死刑」

~死刑について考えてみませんか~ 東京拘置所のそばで死刑について考える会(そばの会)2004.8

ロシアの文豪ドストエフスキーは、『罪と罰』・『カラマーゾフの兄弟』・『悪霊』などの長編小説で日本人
にも、大変親しまれている作家です。その彼が、二十八才の時、ある政治事件で逮捕され、裁判にかけられて、
死刑判決を受けました(ぺトラシェフスキー会事件 一八四九年)。刑場に出た彼は、銃殺刑直前に、皇帝の
恩赦が出て処刑を免れましたが、三十秒後の確実な死と直面した時の体験を小説『白痴』の中で、次のように
書いています(少し長いですが引用します)。

   ★☆★

 「……まあ、ひとつ考えてみてください。たとえば、拷問ですがね。この場合は、その苦しみも傷も、すべて
肉体的なものですね。ですからそれはかえって心の苦しみをまぎらしてくれるんです。ですから、死んでしまう
まで、ただその傷のためにだけ苦しむわけです。でも、いちばん強い痛みというものは、きっと、傷なんかの
なかにあるのではなくて、あと一時間たったら、十分たったら、いや、三十秒たったら、いまにも魂が肉体から
脱けだして、もう二度と人間ではなくなるんだということを、確実に知る気持ちのなかにあるんですよ。肝心な
ことはこの『確実に』という点ですよ。

 いいですか、頭をこうやって刀の下において、その刀が頭の上へするするとすべってくる音を耳にする四分の
一秒こそ、何にもまして恐ろしいんですよ。……殺人の罪で人を殺すこと(死刑)は、当の犯罪よりも比べもの
にならないくらい大きな刑罰です。判決文を読みあげて人を殺すことは、強盗の人殺しなんかと比べものになら
ぬくらい恐ろしいことですからね。

 夜の森などで、強盗に切り殺される人は、最後の瞬間まで、かならず救いの希望をもっているものなんです。
もう喉を切られていながら、当人は、まだ生きる希望をもっていて、逃げたり、助けを求めたりする例はいくら
でもあるんです。ところが、死刑では、それがあれば十倍も楽に死ねるこの最後の希望を、確実に、奪い去って
いるんですからねえ。そこには判決というものがあって、もう絶対にのがれられないというところに、むごたら
しい苦しみのすべてがあるんです。いや、この世にこの苦しみよりもひどい苦しみはありませんよ。

 ……ひょっとすると、死刑の宣告を読みあげられて、さんざん苦しめられたあげく、『さあ出ていけ、お前は
もう許されたんだ』と言われた男がいるかもしれません。いや、そういう男なら、きっと、その苦しみを話して
くれるでしょうよ。この苦しみと、この恐ろしさについては、キリストも語っておられますがね。いや、なんと
しても、人間をそんなふうに扱うのはよくありません!」

(新潮社刊 木村 浩訳)

   ☆★☆


 この綾瀬のすぐ近くの東京拘置所に三〇余名、全国では六〇名を超える死刑確定囚がいます。彼ら(彼女ら)
は日々「明日、死刑が執行されるかもしれない」という状況におかれています。日本では、執行される当日の
朝、看守から「今日でお別れだ」と本人に告げられる、世界でも他に例を見ない制度の中で、死刑囚は暮らして
います。

 ことによると、日本の死刑囚は、先に引用したドストエフスキーの体験と告白よりも、過酷な条件におかれて
いるのかもしれません。




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