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太平洋戦争開戦から66年、115万人の遺骨帰らず

太平洋戦争開戦から66年、115万人の遺骨帰らず(朝日新聞2007-12-08)
http://saint-just.seesaa.net/article/72149812.html

日本軍のハワイ・真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まったのは、66年前の今日だった。異国へ出征したまま帰らぬ肉親や友を、現在も捜し続ける人たちがいる。政府は昭和27年(1952)から海外戦没者の遺骨収集を続けるが、未だ115万人が帰っておらず、当時を知る人が少なくなり年々困難になっている。嘗ての激戦地には戦死した当時のまま放置されている白骨遺体もある。「国のために犠牲になった人々に責任を持って欲しい」。高齢化が進む遺族らは訴える。

1万人以上の日本兵が死亡したインドネシア・パプア州のビアク島。11月初旬、日本政府の派遣団が集めた115人の遺骨が島内で火葬された。「今まで放っておいてご免ね」。メンバーの1人、岩渕宣輝さん=岩手県奥州市=が頭蓋骨を撫でながら語りかけた。
3歳で父親をニューギニア戦線で亡くした。届いた木箱に遺骨はなかった。「親父の所に行きたい」。中学生の頃から航空会社で働くと決めていた。ニューギニア航空に勤めながら、父親たちを捜し続けた。ニューギニアへの渡航は260回を超えた。

予備士官学校生として旧満州(中国東北部)で終戦を迎えた荒木正則さん=大阪府河内長野市=は、シベリア・ホルモリン地区に3年間抑留された。
平成14年(2002)、慰霊で訪れたシベリアで、日本政府の派遣団による遺骨収集作業を目にした。泥土の中で土にかえりかけた仲間の骨。「この手で祖国へ連れて帰りたい」。以来、ほぼ毎年政府の遺骨収集に参加している。

佐賀県の「戦没者を慰霊し平和を守る会」は昨年、「政府が戦死者の遺骨を放置しているのは問題だ」として、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。父親を沖縄戦で亡くした副理事長の塩川正隆さんは「死者はものを言えないのだから、私たちが声を上げなければ」と話す。

厚生労働省によると、沖縄と硫黄島を含む在外戦没者約240万人のうち、115万人の遺骨が未だ帰っていない。
政府による南方地域での大掛かりな遺骨収集は、昭和50年度(1975・4~76・3)で終了した。その後は、民間などから情報があった場合のみ収集している。平成17年(2005)、尾辻秀久厚労相(当時)は国会で「集中的に収集し、ある意味で線を引くべきだ」と発言。平成18年度(2006・4~07・3)から「概ね3年間」の計画でフィリピン、東部ニューギニアなどで調査を始めた。

だが、収集予算は平成14年度(2002・4~03・3)から減り続け、今年度は約1億9800万円だ。
ハワイに本部がある米国防総省の戦争捕虜・行方不明者捜索司令部(JPAC)は今年6月、8人の調査チームを、激戦地・硫黄島に派遣した。目的は、62年前に倒れた1人の軍曹を捜す事だった。当時の軍の記録や証言に基づき、約10日間かけて崩壊した洞窟などを調査。今後、発掘作業のチームの派遣を検討するという。
JPACのスタッフは425人で、予算は年5000万ドル(55億円)。約8万8000人の未帰還米軍人を捜している。
「軍人を大切にするのは、次の戦争への準備でもあるのでしょう…」。岩渕さんはそう言った後、自らの言葉を打ち消した。「それでも、国のために犠牲になった人間を、国が責任をもって帰すのは当然じゃないか」
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