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今こそ、白人の触れたがらない暗黒の歴史を白日の下にさらす時が来た。これなくして21世紀の平和は語れない


『侵略の歴史』この500年、白人は世界で何をしてきたか  清水馨八郎   つづき

「西洋病」患者、日本の成立事情
かつて長い間、日本人にとって世界とは西洋のことで、そこには東洋もあり、南米もアフリカもあることをしばし忘れていた。それは長く日本では欧米を通して世界を見るように飼い慣らされていたからである。幕末から明治維新、戦前戦後を通して日本の近代化のモデルは、一貫して西欧だけであったからだ。文明とは西洋のことで、それは美化され尊敬されあこがれの対象となっていた。
日本は外国人を西欧人と非西欧人に二分して意識し、西欧のみを唯一先進文明圏とみなし、それに追い付き追い越すことを国是としてきた。非西欧地域はひとくくりにして、文化、宗教すべて遅れた地域と軽蔑し、長い間関わり合いを持つことさえ避けて問題にしなかった。つまり非白人地域は、日本にとって関心の対象外として無視され続けた。
明治維新を迎える19世紀末期ころまでに、非白人地域はほとんどすべて西欧白人の植民地に組み込まれていた。
一方日本は、当時、非白人の中で唯一植民地支配を受けていない珍しい国だった。初めて西欧文明と接して、憎むどころか驚きと感動は尊敬と憧憬に代わり、ひたすら西欧に接近し、「追いつけ追い越せ」となったのである。当時の日本人にとって西欧は、畏怖・恐怖と賛美・羨望の交錯する複雑な対象であったが、その他の非白人の国のような憎悪や反抗、復讐の念など、生まれようはずがなかった。
当時の世界で日本人だけが、自国の伝統文化を温存したまま、西欧文化を自主的に、よいものだけを選択的に取り入れることができた。これに対して非白人の植民地では、西欧諸国の利益追求が中心で、伝統文化は破壊され、征服者に都合の良いキリスト教や外国語を強制された。


今こそ白人の暗黒の歴史を白日のもとに

西欧500年の発展、繁栄の基盤になっていたものは何であったのだろう。それは、世界史上例をみないほどの悪逆非道の非白人の支配と掠奪であった。西洋文明の発展、西洋人の栄耀栄華の陰に、その何百倍もの非白人の苦痛、苦難の犠牲があったのである。5世紀にわたって白人の文明と繁栄を支えるために、どれほどの不正と搾取、虐殺と殺戮があったことか。今こそ、この白人の触れたがらない暗黒の歴史を白日の下にさらす時が来たのである。これなくして21世紀の平和は語れない。この過去の世界史を総括しない限り、21世紀の真の世界史は生まれないと知るべきだ。
それなら、なぜ日本では多数の留学生や学者、外交官が西欧に渡っていながら、彼らの暗い面、西欧文明の内部にひそむ矛盾点を日本に伝えなかったのであろう。
それには無理からぬ点もあった。明治以来、一貫して西欧は文明の先進国で、日本はこれを一方的に学びとる生徒であった、はじめから教えを請う先生を疑うことなど考えてもみなかったからである。

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マッカーサーは東京裁判で軍人を裁いただけでなく、不法にも歴史をも裁いてしまったのである


『侵略の歴史』この500年、白人は世界で何をしてきたか  清水馨八郎   つづき

軍事力以上の破壊力を持つ行為とは

さて、それでは敵が他国を懐柔するのに、軍事力による物理的な破壊でなく、なぜ歴史を攻撃するのであろうか。ある国民の自尊とかプライドというものは、常にその国の歴史的評価と分かちがたく結びついているものだ。だからある民族を滅ぼすには、まず歴史(記憶)を消すことだという箴言がある。ある国の根幹を揺るがすことを目的とするなら、その国の歴史を攻撃することで最大の効果を上げることができる。
マッカーサーの占領政策は、当初、教育管理令の下、歴史の教育を禁止した。続いて許可した新日本の歴史とは、日本人が誇りとしてきた古事記、日本書記も、神武天皇の建国の理想も排除され、古来からのおとぎ話まで消されたものだった。また国家のために尽くした楠木正成や東郷平八郎元帥などの忠臣や武将の名を削り、反対に足利尊氏や幸徳秋水のような不忠者や国家に対する反逆者をたたえるように強制された。
マッカーサーは東京裁判で軍人を裁いただけでなく、不法にも歴史をも裁いてしまったのである。歴史を傷つけるという行為は、国民にとってまさに軍事以上の破壊力を持つものであることが次第に明らかになってきた。
かくて大東亜戦争によって日本侵略を目指す二つの白人勢力は、東からのアメリカと、西からのロシアであった。しかもその侵略は物理的破壊の軍事侵略だけでなく、精神的破壊の文化侵略まで強行したのである。一件目立たない文化侵略の恐ろしさは、軍事侵略より深刻である。国家は内部から腐敗、堕落し崩壊してゆくからである。
最近至るところに見られる亡国の兆しはその現れである。


戦後の日本の歴史教科書:歪曲された虚偽の歴史で、真の歴史ではない

『侵略の歴史』この500年、白人は世界で何をしてきたか  清水馨八郎   つづき

歴史教科書論争をどう読むか

自分の生まれた国の歴史を悪し様に罵り、軽蔑し、自国に反逆するように導く自虐史観を摂る国が世界にあるはずがない。戦前の日本には自虐史観という概念は存在しなかった。だからこれは戦後の、ためにする造語である。
最近の歴史教科書の偏向のひどさはガマンならぬと、まともな歴史学者や教育関係者が立ち上がって修正運動に励んでいる。良いことであるが、このような運動、現象自体が、普通の国では起こりえないものである。
一国の歴史の自己決定権、解釈権は、独立国家の至高の権利である。戦後の日本の歴史教科書は、マッカーサー占領政策で歪曲され、さらに近隣諸国にお伺いを立てて、他国に都合よいように決めてもらった歴史認識によって書かれている。だから二重に歪曲された虚偽の歴史で、真の歴史ではない。


「平和安全法制」;反対派に共通する­のは日本侵略史観


愛国女性のつどい花時計より
済南事件/通州事件 
昭和初期、中国大陸で日本人居留民が残虐に殺された事件。教科書にも載っていませんしマスコミも取り上げないので知らない人が多いと思います。
8月1日(土)、靖国神社でこの両事件で殺された日本人を慰霊する催しが行なわれます。初めてのことです。
慰霊祭は13時からですので、参加される方は12時半までに受付を済ませていただけますように、お願いします。参加できない方は玉串料をお送り頂く、という参加の方法もあります。1人でも多くの方がこの機会に両事件に関心を持っていただければ、と思います。
 主催者の1人であり、ジャーナリストの水間政憲さんが両事件の解説をした動画です。
   ↓
チャンネル桜
済南・通州事件から考える平和安全法制[桜H27/7/21]
https://www.youtube.com/watch?v=GHO-FJ1LO_g

現在、国会の内外で激論が交わされている「平和安全法制」であるが、反対派に共通する­のは日本侵略史観であり、その結果としてのハンディキャップ国家論であろう。しかし彼­らの歴史観を紐解いていくと、中共のプロパガンダそのままの知的怠慢に閉じこもってお­り、済南事件や通州事件等での虐殺被害については誠に都合良く排除されている。今回は­、中共へのカウンタープロパガンダを展開している水間政憲氏をお迎えし、虐殺事件を忘­れていることの危険性と、日中双方の国民性に基づく相性の悪さについて解説していただ­くと共に、戦後初となる虐殺犠牲者の慰霊祭について告知していただきます。

※チャンネル桜では、自由且つ独立不羈の放送を守るため、『日本文化チャンネル桜二千­人委員会』の会員を募集しております。以下のページでご案内申し上げておりますので、­全国草莽の皆様のご理解、ご協力を、何卒宜しくお願い申し上げます。
http://www.ch-sakura.jp/579.html

◆チャンネル桜公式HP
http://www.ch-sakura.jp/

GHQによる占領政策:何もかも日本が悪いという史観を国民に植え付けるのに成功した


『侵略の歴史』この500年、白人は世界で何をしてきたか  清水馨八郎 (千葉大学名誉教授)

勝者の論理を押しつけられた歴史認識
戦後日本の社会を一言で表現すれば「敵を忘れ、敵を失った社会」、つまり故意に敵を失わされ、忘れさせられた社会ということになる。ここに、ふがいない戦後社会の元凶があるのだ。
世界の戦争の歴史は、独仏間のように勝ったり負けたりの復讐戦の連続であった。そこで日米戦に勝った米国は、日本が再び立ち上がって米国に復讐できないように、日本民族の愛国憂国の魂を抜き去り、その穴埋めに、戦犯意識をすりこみ、さらに敵を味方にスリカエる巧妙な占領政策を7年間も続けた。3年半の戦闘で武装解除させ、その2倍の時間をかけて精神の武装解除を強制したのである。
マッカーサーは占領政策で、厳重な言論統制下、日本人に大東亜戦争の真因を分析批判することを禁止した。少し研究すれば、たちまち米国の侵略性、加害性の謀略が明らかになるからである。彼は先手を取ってこの戦争の呼称を「大東亜戦争」から「太平洋戦争」へとスリカエることを命じ、日本が太平洋を越えて米国を侵略した戦争というイメージを植え付けた。続いてGHQのスミス企画課長が勝者の立場で独断で捏造した「太平洋戦争史」を、開戦の12月8日を選んで強制的に全国新聞に一斉に連載させ(昭和20年)、NHKに命じて「真相はこうだ」と放送させた。こうして何もかも日本が悪いという史観を国民に植え付けるのに成功した。続く東京裁判はその筋書き通りに進められ、日本の暴虐性、米国の正当性を決定づけるよう演出された。
さらに、マッカーサー元帥は自身を、封建社会、軍国主義から日本を救うためにやってきた救世主であるかのようにふるまい、日本人にとって敵でなく民主主義をもたらしてくれた味方、恩人だと思うように仕向けた。これぞマッカーサーのマインドコントロールの妙である。
戦後日本の社会ではテキという存在をなくされ、意識しなくさせられてしまった。テキという言葉はタブーとして、使うことがはばかられるように長い間飼い慣らされてしまった。
さらに米国は、日本にとって明らかな侵略者である外敵であるのに、これを忘れさせただけでなく、日本の真の敵は東條英機ら軍閥や戦前のリーダーたちであり、日本の歴史、文化、伝統などもすべて同罪であると洗脳した。悪いのは米国でなく日本の指導者や日本精神や制度だとスリカエたのである。それに対して日本国民も本当に洗脳されて、敗戦の怨みをもっぱら戦犯やパージの同胞に向けるようになってしまった。ここにおいて日本人は敵を取り換えてしまった。戦後の不幸の出発点が、ここにある。

つづく・・・




日本人は何もかも日本が悪いと戦争犯罪意識を骨の髄まですりこまれた


『侵略の歴史』この500年、白人は世界で何をしてきたか  清水馨八郎 (千葉大学名誉教授)

はしがき
明治以来、日本は欧米を文明先進国と崇め、世界史とは西洋史のこと、西洋からのみ見た世界史のことで、非白人を歴史の表舞台に登場させることはなかった。そのため近代西欧の繁栄を支えた植民地支配の暗黒面を見落としてきた。コロンブスの米大陸到着は、侵略の始まりで、白人は「鉄砲と十字架」を手に、残虐非常な手段で全地球をその支配下におさめてしまった。
彼らは、白人以外は人間として認めていなかった。だから新大陸の先住民インディアンら一億人でも、簡単に抹殺できた。インディアンは、日本人と先祖を同じくするモンゴロイドだ。さらにアフリカからの一億人もの奴隷狩り、奴隷貿易、奴隷酷使が続く。
本書は白人の残虐性、侵略性の根源は何か、そして19世紀末までアジアのほとんどの民族が白人の植民地に組み込まれた由来を解明する。
20世紀になって白人の支配に従わぬ唯一の国・日本を、北からソ連、西からイギリス、東からアメリカが一挙に襲いかかったのが大東亜戦争である。白人の手口はコロンブス以来のもので、原爆投下、113都市無差別焼土作戦、ソ連の満州侵略の暴虐と、民族抹殺のホロコーストのやり方は、500年変わらず一貫していた。
東京裁判は、負けた日本に、白人500年の侵略と残虐、植民地支配の罪のすべてを転嫁するための大芝居であった。この結果、日本人は何もかも日本が悪いと戦争犯罪意識を骨の髄まですりこまれたために、反省自責の自虐史観にこだわり、敵側の陰謀の世界史を目隠しされてしまった。この虚偽の歴史観で「謝罪を国是」とする「戦後体制」が構築された。これから脱するには、昭和史とか大東亜戦争史などといった短期間の歴史から見るのでなく、歴史のスパンを500年に、空間的視野を地球的規模で大観することで、世界史を読みなおし、真実に迫らねばならない
ここで初めて、この対戦は日本が一方的に負けた戦争でないこと、日本が一貫して叫び続けた人種差別撤廃の目的が完全に果たされ、地球の地図が一変していることに気がつく。日本は戦争に負けて植民地解放の目的に買っていたのだ。東條さんの映画『プライド』は、日本人の誇りを開く入口になったが、さらにここで、白人侵略の世界史とこれを迎え撃った日本の使命を知れば、一段と自信と誇りを取り戻せると確信する。

『侵略の歴史』 この500年、白人は世界で何をしてきたか  

戦後の教育がいくら歪曲したものであると言っても、
戦争に至った本当の原因、そして東京裁判の虚偽を分かっている日本人は多くいたはずです。
なのに、本当の歴史はほとんど表に出ないまま、今に至っています。

どうしてこんなことになったのか。


東條氏はアヘン戦争にまで遡って審理してみなければ、現代史の審判は不可能だと東京裁判の証言台で喝破しています。


アヘン戦争
1839年~1842年 対戦国:清帝国、大英帝国 19世紀の戦争。
イギリスによるインド産アヘンの中国への輸出が原因となって起きた。

そしてこのアヘン戦争といえば、思い起こされるのが

欧米とソ連の植民地争奪(大航海時代)

です。

中学校の教科書で、1492年のコロンブスのアメリカ新大陸の発見、
バスコ・ダ・ガマのインド航路発見

を習いました。「何かよくわからんが輝かしいな」、というぐらいの感覚でした。

植民地化された側、侵略された側である、インディアンや先住民族や古代文明のことを考えることはしなかったと思います。
羅針盤だの航海術だの、試験に出そうな用語を覚えるのに必死でした。
インディアンや先住民族や古代文明側の話を授業で聞いた覚えもありません。

1492年10月12日から、500年目の1992年に、それを記念したイベントが多数企画され、
中でも、フランスとスペインの両文化省の援助を受けた仏/西/米の合作映画『1492・コロンブス 』は、彼の信念、家族愛を盛り込んだ
壮大な大スペクタクルとして公開されました。
映画のチラシによると、「500年前の真実が今、我々の目の前で美しくも豪快に繰り広げられる」なんてあったそうです。

なぜ、こうも勝ち組が表に出て、賞賛の対象になり、
いわゆる負け組は表に出ることなく、その苦難の歩みが常に隠れた存在になっているのか。

理由は意外に簡単です。

コロンブス新大陸発見の後の欧米・ソ連の繁栄ぶりを見れば。

初期の航海では遭難や難破、敵からの襲撃、壊血病や疫病感染などによって、乗組員の生還率は20%にも満たないほど危険極まりなかった。しかし遠征が成功して新航路が開拓され新しい領土を獲得するごとに、海外進出による利益が莫大であることが立証された。健康と不屈の精神そして才覚と幸運に恵まれれば、貧者や下層民であっても一夜にして王侯貴族に匹敵するほどの富と名声が転がり込んだ。こうした早い者勝ち の機運が貴賎を問わず人々の競争心を煽り立て、ポルトガル・スペイン両国を中心にヨーロッパに航海ブームが吹き荒れるようになった。

ちなみに「大航海時代」をインターネットで検索すると、
中世ヨーロッパ、七つの海を冒険する海洋MMORPG。海賊と戦う軍人、ワインや胡椒を扱う貿易商、
世紀の大発見を目指す冒険家など選べる職業、スキルで面白さ充実のオンラインゲーム。無料体験お試しプレイ可能!~
・・・・・・・・オンラインゲーム? ・・・ ガクー。・・・こんなのがトップに出る、今の世の中なのです。


大航海時代、植民地時代をキーワードとした定義を見ても分かるように、
繁栄とは何か?
――物質です。お金です。経済です。莫大な物利益です。これを「そうじゃない」と否定できる人はいないでしょう。
それを教科書は「繁栄」と記述しています。だから物質利益=繁栄=すばらしい

ヒトの世の中がそういう観念で動いてきた。
経済的・物質的栄耀栄華が「繁栄」である、というとらえかた。

一方、侵略された側、インディアン・先住民族・古代文明は、物質・お金・経済・莫大な利益を基盤としていたでしょうか。
いいえ、むしろ精神性、宗教性を重んじていました。

中学・高校時代、「コロンブスか。何かよくわからんが輝かしいな」ぐらいにしかとらえられなかった貧弱な私の脳みそを
数十年たった今からやっと覚醒していこうと思います。


ありがたいことに著書がちゃんとありました。


『侵略の歴史』この500年、白人は世界で何をしてきたか  清水馨八郎 (千葉大学名誉教授)


残虐非道の奴隷狩り、奴隷貿易の実態 p126より
最初にアメリカ大陸に到着したスペイン人は、簡単にアステカ帝国やインカ帝国を滅ぼし、金銀宝物を略奪し、反抗する先住民を見境なく殺していった。その数は、多く見積もって1億人(白人がもたらした流行病死も加えて)にも上ると言われる。
これでは金銀の鉱山が発見されても、採掘の労働者が足りない。佐藤や、コーヒー、たばこなど白人に都合の良い植物農耕のための人手も足りない。
そこで彼らが考えたのが、アフリカから労働者として黒人奴隷を連れてくることであった。彼らは原住民を殺しすぎた結果、労働力不足に気がつき、鉱山労働力や農場の労働力をアフリカから収奪することになる。白人たちは人を多数殺しておいて、その穴埋めにまた悪事を働く。ここに人類史上に刻まれる2つの悪行を、彼らは同時に進めることになった。
ギニア湾は、ポルトガルからアフリカ西岸に沿って南下して東に回り込んだところで、ここはアフリカ内陸部から奴隷を刈り集め、奴隷船で需要地の西インド諸島や南米に送り込む積出地として好位置にある。
そのギニア湾岸には、今でも地名として奴隷海岸(スレーブ・コースト)(ナイジェリア、ラゴス付近)の名が地図に残されている。さらにこの海岸には白人泥棒たちが金を盗み出して盛んに運び出したという黄金海岸(ガーナ)や、象牙を盗み出した象牙海岸(コートジボアール)、穀物海岸(リベリア)などの地名がつけられていて、白人300年の犯罪史がはっきりと刻印されている。
奴隷狩りには、3つの方法がある。
第一は拉致、誘拐である。動物を捕らえるように待ち伏せして、通りがかりの先住民を攫ってゆく。第二に白人奴隷商人とアフリカ首長の契約。首長が他部族に戦争を仕掛け、捕虜を大勢捕まえて商人に渡し、代わりに安物の鉄砲やたばこや酒、ガラス玉と交換する。第三は、首長が白人と組んで同胞を売り渡す、買弁的行為である。
集められた悲運の奴隷たちは海岸の奴隷貯蔵庫に格納され、奴隷船が来るのを何日でも待たされる。奴隷貯蔵庫の地獄絵のような悲惨の実態は、文化人類学者、川田順造氏の『曠野から』(中公文庫)の実態調査報告で知ることができる。奴隷船には複数の奴隷商人の商品(奴隷)が積み込まれるため、所有者の見分けがつくように、牛馬のように腕や腹に焼印を押され、二人ずつ鎖でつながれて暗い船倉に放り込まれる。船倉は天井が低く、立つことも横になることもできない。奴隷たちはそこに詰め込まれ、汗まみれ、くそまみれの生き地獄が待っている。だから航海中に半分以上は死亡した。死体は無造作に大西洋に捨てられ、魚の餌食にされたのである。

つづく・・

日本共産党とはどういう政党なのか?


ご紹介ブログ

わかりやすく簡単に解説するサイト


日本共産党とはどういう政党なのか? わかりやすく簡単に解説
http://www.arayuru-houhou.com/wakariyasuku/kyosan.html


戦後70年談話とは・日本の戦争の歴史
〜コロンブスの新大陸発見 から 原爆投下 まで〜
http://warof.jp/index.html



名古屋の高校生団体

地元新聞の市民版で見つけました ^^

07070002.jpg

日本人が知ってはならない歴史  若狭 和朋 氏

日本人が知ってはならない歴史  若狭 和朋 氏

対談(動画) https://www.youtube.com/watch?v=GWP4eoseFMU
チャンネル桜



無題

昭和の大戦と東京裁判の時代 (日本人に知られては困る歴史) – 2013/2/13

若狭 和朋 (著)
「捏造(ねつぞう)」と「自虐(じぎゃく)」の昭和史を打ち破れ!

何が日本を戦争に向かわせたのか。
米国との戦争は避けることはできなかったのか?
昭和の大戦と東京裁判の真実を浮き彫りにする。

東京裁判の虚偽

ちびちゃんのホームページより


日本への原子爆弾投下は、武器、戦略をもたない人間に対して行われた行為です。虐殺。これに異論をとなえる人はいないでしょう。

日本は戦後、どう歩んだか。
東京裁判において、戦勝国によって日本は裁かれ(裁く側はすべて戦勝国が派遣した人物でした)、
「日本は侵略戦争をした」 ことになりました。法的根拠がどこの国の法律、国際法に照らしても皆無という裁判でした。
第一審のみの裁判。しかも、あろうことか、アメリカによる原子爆弾の投下、ロシアによる日ソ不可侵条約の破棄・シベリア抑留のことは取り上げられませんでした。
戦後、日本は6年8か月の長期にわたり、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領政策を受けます。

多くの日本国民が戦争の犠牲になった責任は、「日本陸軍参謀本部といった軍閥や戦前のリーダーにある」、と教えられました。
だれが教えたか――GHQが選んだ教育者(日教組(左翼団体)といった方が分かりやすいでしょうか)です。

戦後、混乱していた日本国民は、東條英機元首相に全責任を押しつけることで、道徳的欺瞞から眼をそらし、精神的安定を得たといえます。学校でもらう教科書に書かれてあったのは、自虐史観でした。

そして広島平和祈念公園の原爆死没者慰霊碑には 「過ちは繰り返しませぬから」 という文字が刻まれる。

これが、戦後の日本が歩んできた道です。


ここまで語っても、何も不思議に感じないのが今の日本人です。
「そうや、日本人は中国や朝鮮、アジアでえらい悪いことしたからなあ。当然や。」
と言って、自分で自国を裁いて納得する。反日日本人になっています。

日本が戦争に至った本当の理由、原因を教えられず、ある人物ある国々の都合で作られた歴史で教えられてきたから。
またそのウソの教育を受けた人が首相となり、国会議員となり、地方公務員となり、大学・高中小の教師となって社会を動かしている。
そのもとに私たちは日々の生活をし、子どもたちはその教育を受けている。

だから、
本当の歴史を知っても、消化、受け入れることは難問だと思います。

ここでもおかしいのは、「本当の歴史」??という言い方。  へんな言い方です。
歴史っていうのは「過去に起こったこと」「過去に起きた事実」を記したものなんですから、敢えて「本当の」ってつけるのはおかしい。

でも実際は歴史書物というのは、変え、追加・削除しながら作られました。なぜか――
真実が世に出ると都合の悪い、人間がたくさんいたからです。
時代のトップ、重要人物たち。
我が国でも 「日本書記」がすでに、歪曲、すりかえて作成されたものであることは、知られるようになってきています。


ですから歴史を正しく知るってことは、とても難しいことです。

歴史を学ぶときは、
自分は、本当の情報、本当の歴史を得て育ってきたんじゃない、という認識の地点にまず立たないと、
結局は、自身の中の長年の間に培われてしまった塗り替え済みの偏見や観念に負けることになってしまいます。
非常にしんどい作業です。

こんなこと言いだすと、「「右」か、「左」か などと、
歴史のことを述べだすと、すぐそっちに結びつける人がいます。これもゆがんだ考えです。
世の中にもともと右も左もありません。人間が勝手に作った思想です。
私のなかにも右も左もありません。


ところで
アメリカが日本の立場になってたならどうか――

原子爆弾が落とされたのは アメリカだったとしたら。。。。

おそらく誰もが意外に簡単に想像しうるでしょう。
一番最近の例として、あの9.11事件の後を想定すればいいのだから。

報復戦争、報復攻撃に出る。
しかも、お決まりの言葉、「○○を忘れるな」をスローガンに―― 
「Remember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)」、「9.11を忘れるな」、、、、
これらはアメリカ国民を戦争に向かわせる大義名分として、使ってきた手段です。
また、Pearl Harborで知られるように、最初の攻撃、最初の一発は敵にやらせる、とか、自作自演の戦術がすきなようです。



東條英機歴史の証言東京裁判宣誓供述書を読みとく
toujouhideki.jpg

GHQの『発禁第一号』となった
『東條英機 宣誓供述書』
大東亜戦争の真実―東条英機宣誓供述書


真実の証しであるからこそ、GHQは発禁としたのですね。


多くの日本人が今だに憎み、批判的にとらえている東條英機氏

東條は東京裁判をとおして、
この戦争は「侵略戦争」ではなく「自衛戦争」であるが、
「敗戦の責任」は自分にある、負うと宣誓口述書で明言。
責任は自分にあって天皇にはないと主張。

東條氏は昭和23年12月23日零時に死刑執行される。
この日は天皇誕生日でした。




アメリカと日本のこの違いは何か?
なんで日本人は原爆というホロコーストを受けていながら、報復に出ないのか?
日本への原子爆弾投下――これは武器、戦略をまったくもたない人間に対して行われた行為であることに異論をとなえる人物はいません。

いくら戦後教育が歪曲したものであると言っても、
戦争に至った本当の原因、東京裁判の虚偽を分かっている日本人は多くいたはずです。
なのに、本当の歴史はほとんど表に出ないまま、今に至っています。

どうしてこんなことになったのか。


東條氏はアヘン戦争にまで遡って審理してみなければ、現代史の審判は不可能だと東京裁判の証言台で喝破しています。

つづく・・・ 



凛として愛

太平洋戦争(大東亜戦争)はなぜ起こったか?
どんな背景が原因で起こったか?
日本は侵略戦争をしたのか?


戦後教育で論ずることは、ここでまずは横においといて、この映画をご覧ください

                    凛として愛
凛として愛
音楽  X JAPAN 「Forever Love (Last Mix)」


真実の歴史です。70分です。
靖國神社の遊就館で上映するために製作された映画です。
たった2日間だけ上映され、中国と韓国から抗議を受けて封印されてしまいました。

戦後70年の今年も、広島、長崎、終戦記念日を迎え、テレビや多くの施設では戦争の特集や企画番組が放送されるでしょう。
しかしその多くが相変わらずの自虐史観に彩られているはずです。


凛として愛
区切って視聴したい方はこちらで ↓
凛として愛1

凛として愛2

凛として愛3

凛として愛4

凛として愛5

凛として愛6

凛として愛7

上記はYouTubeでしたが、DVDを1000円で購入することもできます。
      ↓
愛国女性のつどい花時計



凛として愛


ちびちゃんのホームページより
凛として愛
太平洋戦争(大東亜戦争)はなぜ起こったか?
どんな背景が原因で起こったか?
日本は侵略戦争をしたのか?

これに対して真実を答えることは、私にはできません。
なぜなら、私たちは戦後教育を受けてきたからです。

東京裁判(極東国際軍事裁判)で、日本は敗戦国として裁かれました。日本は侵略戦争をしたことになりました。

戦後教育はスタートします。
戦後教育はどういう構想の経過をたどったか?

1945年 8月15日:終戦
       9月15日:「新日本建設ノ教育方針」発表。文部省より。
              (しかし、連合国軍総司令部(GHQ)における各指令により、用をなさなくなる)
      10月22日:「日本教育制度ニ対スル管理政策」に関する指令 ~GHQより
      10月30日:「教員及び教育関係者の調査、除外、認可」に関する ~GHQより
      12月15日:「国家の神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並びに弘布の廃止」に関する指令 ~GHQより
      12月31日:「修身、日本歴史及び地理の停止」に関する指令 ~GHQより
             
教育面の戦後処理=占領政策が行われた。
1946年 3月 5日:第一次米国教育使節団来日~GHQの招請
               同時期、日本教育家の委員会設置~GHQよりの指令
       3月  末:米国教育使節団報告書。(=勧告=命令)
       5月    :「新教育指針」発表~文部省より。

       8月   :教育刷新委員会発足。
              (敗戦の原因は、せんじ詰めれば教育の誤りにあり、第2の維新を遂行するその根本に、教育の刷新がある、という位置づけで発足)
1947年 3月31日:「教育基本法」施行~文部省より。
        5月 3日:「日本国憲法」施行。

「新教育方針」の中身各部・各編の内容も、
「今までの日本人はダメ。これからは、アメリカの考え方を学び、新たな日本人になっていかなければならない」ということが、
「これでもか!」というくらい書き連ねてある。
教育刷新委員会はGHQの実質的支配下におかれ、米国教育使節団報告書の範囲を越えないかぎり、自由に活動することは許されなかったようである。


このように、日本の文化・歴史が否定され、国語を解体したうえで、民主的教育とは、
「個人の価値と尊厳を認めること」にあり、「個人の感性、人間尊重」を基本的な教育理念とする教育体系がスタートします。

1952年、サンフランシスコ平和条約において、連合国軍の日本占領体制は解かれ、日本国民の主権が回復された、と教科書にはありますが、
日本人への思考工作、洗脳によって、「時間とともに日本人は消滅する」という教育カリキュラムの基礎が既に完成していたのです。

つづく・・・

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