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大東亜戦争の真実 -映画「東京裁判 運命の瞬間」-

東京裁判
知られざる歴史の局面を鮮烈に描き
戦後日本の深層を抉り出す


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1998年5月23日 東映 全国劇場公開された作品

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大東亜戦争の真実 この500年、白人は世界で何をしてきたか―『侵略の世界史』

『侵略の世界史』 ーこの500年、白人は世界で何をしてきたかー
清水馨八郎 (千葉大学名誉教授)


清水馨八郎さんの講演
手作りで描いた資料を黒板にぺたっと貼ってほのぼのします。
講演中、時々声が大きくなるのはやはり戦争・軍隊をくぐりぬけてきた人の特徴か。
ダジャレがお好きなようで、「蒙古人、もう来ない!!」などと、真剣な顔でおっしゃる。
2・3人がグヒっと寒い苦笑するところがなんとも笑える、
齢90歳(2009年講演当時)、愛国の思いと情熱に満ちた講演だと感じました。

「日本文明のユニークさとその世界的使命」1
「日本文明のユニークさとその世界的使命」2
「日本文明のユニークさとその世界的使命」3

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『侵略の世界史』 ーこの500年、白人は世界で何をしてきたかー より重要と思われる箇所を以下抜粋

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残虐非道の奴隷狩り、奴隷貿易の実態 p126より
最初にアメリカ大陸に到着したスペイン人は、簡単にアステカ帝国やインカ帝国を滅ぼし、金銀宝物を略奪し、反抗する先住民を見境なく殺していった。その数は、多く見積もって1億人(白人がもたらした流行病死も加えて)にも上ると言われる。
これでは金銀の鉱山が発見されても、採掘の労働者が足りない。佐藤や、コーヒー、たばこなど白人に都合の良い植物農耕のための人手も足りない。
そこで彼らが考えたのが、アフリカから労働者として黒人奴隷を連れてくることであった。彼らは原住民を殺しすぎた結果、労働力不足に気がつき、鉱山労働力や農場の労働力をアフリカから収奪することになる。白人たちは人を多数殺しておいて、その穴埋めにまた悪事を働く。ここに人類史上に刻まれる2つの悪行を、彼らは同時に進めることになった。
ギニア湾は、ポルトガルからアフリカ西岸に沿って南下して東に回り込んだところで、ここはアフリカ内陸部から奴隷を刈り集め、奴隷船で需要地の西インド諸島や南米に送り込む積出地として好位置にある。
そのギニア湾岸には、今でも地名として奴隷海岸(スレーブ・コースト)(ナイジェリア、ラゴス付近)の名が地図に残されている。さらにこの海岸には白人泥棒たちが金を盗み出して盛んに運び出したという黄金海岸(ガーナ)や、象牙を盗み出した象牙海岸(コートジボアール)、穀物海岸(リベリア)などの地名がつけられていて、白人300年の犯罪史がはっきりと刻印されている。
奴隷狩りには、3つの方法がある。
第一は拉致、誘拐である。動物を捕らえるように待ち伏せして、通りがかりの先住民を攫ってゆく。第二に白人奴隷商人とアフリカ首長の契約。首長が他部族に戦争を仕掛け、捕虜を大勢捕まえて商人に渡し、代わりに安物の鉄砲やたばこや酒、ガラス玉と交換する。第三は、首長が白人と組んで同胞を売り渡す、買弁的行為である。
集められた悲運の奴隷たちは海岸の奴隷貯蔵庫に格納され、奴隷船が来るのを何日でも待たされる。

奴隷貯蔵庫の地獄絵のような悲惨の実態は、文化人類学者、川田順造氏の『曠野から』(中公文庫)の実態調査報告で知ることができる。奴隷船には複数の奴隷商人の商品(奴隷)が積み込まれるため、所有者の見分けがつくように、牛馬のように腕や腹に焼印を押され、二人ずつ鎖でつながれて暗い船倉に放り込まれる。船倉は天井が低く、立つことも横になることもできない。奴隷たちはそこに詰め込まれ、汗まみれ、くそまみれの生き地獄が待っている。だから航海中に半分以上は死亡した。死体は無造作に大西洋に捨てられ、魚の餌食にされたのである。


なぜ人間が人間を奴隷とする思想が生まれたのか

奴隷とは、人間としての権利・自由を認められず、他人の支配の下に、諸々の労務に服し、かつ売買・譲渡の目的とされる人のことである。日本人には、古代から奴隷という言葉も奴隷制度などの風習も全くなかった。世界唯一の平和な国であった。日本では、同じ人間を牛馬と同じ感覚で家畜のようにこき使い、商品として売買するなどという非人道的なことは、とても考えられなかったのである。

日本にも古代、奴婢という言葉があった。これは律令制の賎民の一種で、最下位の召使いの男女のことだが、彼らとて、どこまでも人間であって、家畜ではなかった。西欧の白人たちが、人間を奴隷に落として、なぜ罪の意識を感じなかったのだろうか。それは旧約聖書に都合の良い解釈があったからだ。

造物主の神は、その代理人としてまず人間を作り、その下に被造物の動物、その下に万物を創られた。人間は神の代理人であるから、動物を家畜として支配し殺し、食してもよい。奴隷は家畜と同格だから、人間のためすべてを捧げるのは当然といった具合である。狩猟、牧畜、遊牧の民といった、動物を殺し食することを生業とする民族に都合よく考えられたのが、キリスト教である。

これに対して、日本のようなモンスーン地帯の農耕民族の民は、植物を食の対象として暮らし、仏教の殺生禁断を旨とし、生き物を殺すことにも、あわれみと罪を感じて暮らしてきた。ましてや、人間仲間を家畜としてこき使う思想は育たなかった。キリストの神の教理による奴隷制度の正当化の下、南北アメリカ大陸やアフリカ大陸で、白人の人間家畜としての奴隷の大量貿易、大量酷使、大量殺戮の悲劇の時代が始まるのである。


大東亜戦争の真実―正確な歴史観、世界観

東條英機氏は「アヘン戦争にまで遡って審理してみなければ、現代史の審判は不可能だ」と東京裁判の証言台で喝破しています。

アヘン戦争
1839年~1842年 対戦国:清帝国、大英帝国 19世紀の戦争。
イギリスによるインド産アヘンの中国への輸出が原因となって起きた。

イギリスが植民地のインドで栽培したアヘンを清に密輸出しつづけたことが原因となって起こったこの戦争。

植民地といえば、思い起こされるのが

欧米とソ連の植民地争奪(大航海時代)


中学校の教科書で、1492年のコロンブスのアメリカ新大陸の発見、バスコ・ダ・ガマのインド航路発見を習いました。
「何かよくわからんが輝かしいな」、というぐらいの印象でした。

植民地化された側、侵略された側である、インディアンや先住民族や古代文明のことを考えることはしなかったと思います。
羅針盤だの航海術だの、試験に出そうな用語を覚えるのに必死でした。
実際、インディアンや先住民族や古代文明側の話を授業で聞いた覚えもありません。

1492年10月12日から、500年目の1992年に、それを記念したイベントが多数企画され、
中でも、フランスとスペインの両文化省の援助を受けた仏/西/米の合作映画『1492・コロンブス 』は、彼の信念、家族愛を盛り込んだ壮大な大スペクタクルとして公開されました。
映画のチラシによると、「500年前の真実が今、我々の目の前で美しくも豪快に繰り広げられる」~なんてあったそうです。

世の中を反映しているなあ。。。
コロンブスは英雄、華々しいこと・・・
対する植民地の先住民たちは支配される側、従う側、というイメージ、表に出ない。

なぜ、こうも勝ち組が表に出て、賞賛の対象になり、
いわゆる負け組は表に出ることなく、その苦難の歩みが常に隠れた存在になっているのか。

理由は意外に簡単です。

コロンブス新大陸発見の後の欧米・ソ連の繁栄ぶりを見れば。

初期の航海では遭難や難破、敵からの襲撃、壊血病や疫病感染などによって、乗組員の生還率は20%にも満たないほど危険極まりなかった。しかし遠征が成功して新航路が開拓され新しい領土を獲得するごとに、海外進出による利益が莫大であることが立証された。「健康と不屈の精神そして才覚と幸運」に恵まれれば、貧者や下層民であっても一夜にして王侯貴族に匹敵するほどの富と名声が転がり込んだ。こうした「早い者勝ち」 の機運が貴賎を問わず人々の競争心を煽り立て、ポルトガル・スペイン両国を中心にヨーロッパに航海ブームが吹き荒れるようになった。


ちなみにインターネットで
「大航海時代」
と検索すると、
中世ヨーロッパ、七つの海を冒険する海洋MMORPG。海賊と戦う軍人、ワインや胡椒を扱う貿易商、
世紀の大発見を目指す冒険家など選べる職業、スキルで面白さ充実のオンラインゲーム。無料体験お試しプレイ可能!~
オンラインゲーム?  ガクー。  こんなのがトップに出る今の世の中なのです。


大航海時代、植民地時代をキーワードとした定義を見ても分かるように、
繁栄とは何か?

――物質です。お金です。経済です。莫大な物利益です。これを「そうじゃない」と否定できる人はいないでしょう。
そういうものを教科書は「繁栄」と記述しています。
物質利益=繁栄=すばらしい という観念を教育上でも直接か間接的に学んで育ってしまっている。

ヒトの世の中がそういう観念で動いてきた。
経済的・物質的栄耀栄華がこれすなわち「繁栄」である、というとらえかた。

一方、侵略された側、インディアン・先住民族・古代文明は、物質・お金・経済・莫大な利益を基盤としていたでしょうか。
いいえ、違います。
インディアン・先住民族・古代文明では、モノ、カネ、物質的富といったこの世的な利益ではなく
むしろ精神性、宗教性を重んじていました。

中学・高校時代、「コロンブスか。何かよくわからんが輝かしいな」ぐらいにしかとらえられなかった貧弱な私の脳みそを数十年たった今からやっと覚醒していこうと思います。


ありがたいことに参考となる著書がちゃんとありました。

つづく。。。




大東亜戦争の真実―東条英機宣誓供述書


広島の平和祈念公園、平和祈念資料館を訪れた時に書いた記事です。
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日本への原子爆弾投下は、武器、戦略をもたない人間に対して行われた行為です。これに異論をとなえる人はいません。

日本は戦後、どう歩んだか――

東京裁判において、戦勝国によって日本は裁かれ(裁く側はすべて戦勝国が派遣した人物でした)、
「日本は侵略戦争をした」 ことになりました
法的根拠がどこの国の法律、国際法に照らしても皆無という裁判でした。
戦後、日本は6年8か月の長期にわたり、連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の占領政策を受けます。

多くの日本国民が、
戦争の犠牲になった責任は「日本陸軍参謀本部といった軍閥や戦前のリーダーにある」、と教えられました。
だれが教えたか――GHQが選んだ教育者(日教組(左翼団体)といった方が分かりやすいでしょうか)です。

戦後、混乱していた日本国民は、東條英機元首相に全責任を押しつけることで、道徳的欺瞞から眼をそらし、精神的安定を得たといえます。学校でもらう教科書に書かれてあったのは、自虐史観でした。

そして広島平和祈念公園の原爆死没者慰霊碑には 「過ちは繰り返しませぬから」 という文字が刻まれる。


これが、戦後の日本が歩んできた道です。


ここまで語っても、何も不思議に感じないのが今の日本人。
「そうや、日本人は中国や朝鮮でえらい悪いことしたからなあ。当然や。」
と言って、自分で自国を裁いて納得する。反日日本人になっています。

日本が戦争に至った本当の理由、原因を教えられず、ある人物ある国々の都合で作られた歴史で教えられてきたから。
またそのウソの教育を受けた人が政治のリーダーとなり、国会議員となり、地方公務員となり、大学・高中小の教師となって社会を動かしている。
そのもとに私たちは日々の生活をし、子どもたちはその教育を受けている。

だから、
本当の歴史を知っても、消化、受け入れることは難問だと思います。

ここでもおかしいのは、「本当の歴史」??という言い方。  
へんな言い方です。
歴史っていうのは「過去に起こったこと」「過去に起きた事実」を記したものなんですから、敢えて「本当の」ってつけるのはおかしい。

でも実際は歴史書物というのは、変え、追加・削除しながら作られました。なぜか――
真実が世に出ると都合の悪い、人間がたくさんいたからです。
時代のトップ、重要人物たち。

ですから歴史を正しく知るってことは、とても難しいことです。

歴史を学ぶときは、
自分は、本当の情報、本当の歴史を得て育ってきたんじゃない、という認識の地点にまず立たないと、
結局は、自身の中の長年の間に培われてしまった塗り替え済みの偏見や観念に負けることになってしまいます。
非常にしんどい作業です。

こんなこと言いだすと、「「右」か、「左」か などと、
歴史のことを述べだすと、すぐそっちに結びつける人がいます。これもゆがんだ考えです。
世の中にもともと右も左もありません。人間が勝手に作った思想です。
私のなかにも右も左もありません。


ところで
アメリカが日本の立場になってたならどうか――

原子爆弾が落とされたのは アメリカだったとしたら。。。。

おそらく誰もが意外に簡単に想像しうるでしょう。
一番最近の例として、あの9.11事件の後を想定すればいいのだから。

報復戦争、報復攻撃に出る。
しかも、お決まりの言葉、「○○を忘れるな」をスローガンに―― 
「Remember Pearl Harbor(真珠湾を忘れるな)」、「9.11を忘れるな」、、、、
これらはアメリカ国民を戦争に向かわせる大義名分として、使ってきた手段です。
また、Pearl Harborで知られるように、
最初の攻撃、最初の一発は敵にやらせる、とか、自作自演の戦術がすきなようです。
このことは、いい加減、世の中でも知られてきています。



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GHQの『発禁第一号』となった
『東條英機 宣誓供述書』
大東亜戦争の真実―東条英機宣誓供述書


多くの日本人が今だに憎み、批判的にとらえている東條英機氏

東條は東京裁判をとおして、
この戦争は「侵略戦争」ではなく「自衛戦争」であるが、
「敗戦の責任」は自分にある、負うと宣誓口述書で明言。
責任は自分にあって天皇にはないと主張。

東條氏は昭和23年12月23日零時に死刑執行される。
この日は皇太子明仁親王のちの今上天皇の天皇誕生日でした。




アメリカと日本のこの違いは何か?
なんで日本人は原爆というホロコーストを受けていながら、報復に出ないのか?
日本への原子爆弾投下――これは武器、戦略をまったくもたない人間に対して行われた行為であることに異論をとなえる人物はいません。

いくら戦後教育が歪曲したものであると言っても、
戦争に至った本当の原因、東京裁判の虚偽を分かっている日本人は多くいたはずです。
なのに、本当の歴史はほとんど表に出ないまま、今に至っています。

どうしてこんなことになったのか。


東條氏はアヘン戦争にまで遡って審理してみなければ、現代史の審判は不可能だと東京裁判の証言台で喝破しています。

つづく・・・

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ちびちゃん HPもよろしくお願いします http://chibichan931.web.fc2.com/

Author:ちびちゃん HPもよろしくお願いします http://chibichan931.web.fc2.com/

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