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蝦夷の英雄、復興重ね 清水寺でアテルイ・モレ法要

京都新聞にも載ってました ^^
蝦夷の英雄、復興重ね 清水寺でアテルイ・モレ法要
http://kyoto-np.jp/sightseeing/article/20111113000019
震災犠牲者を慰霊する笛の演奏も奉納されたアテルイ・モレの碑の法要(京都市東山区・清水寺) 平安時代の蝦夷(えみし)の英雄アテルイとモレの法要が12日、京都市東山区の清水寺で営まれた。東日本大震災の犠牲者慰霊のため笛の演奏が奉納され、東北の一日も早い復興への祈りもささげた。

アテルイとモレは当時の東北地方の指導者で、征夷大将軍の坂上田村麻呂をはじめとする朝廷軍と戦ったが、最後には降伏した。田村麻呂が2人の助命を朝廷に嘆願したことから、田村麻呂ゆかりの清水寺に2人の顕彰碑が建てられている。

岩手県出身者らが毎年営んでいる法要で、今年は震災犠牲者の慰霊のため、岩手の郷土芸能「鬼剣舞」の笛の演奏が奉納され、参列した約150人が手を合わせた。

来年2月18日に京都会館(左京区)で上演される劇団わらび座のミュージカル「アテルイ」のキャストによる踊りも披露された。アテルイ役の戎本みろさん(42)は「アテルイの姿は、被災地の復興のために頑張る人たちと重なる。アテルイの思いを多くの人に伝えたい」と話していた。

ちびちゃんの記事はこちら http://chibichan931.blog106.fc2.com/blog-date-20111117.html



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太平洋戦争開戦から66年、115万人の遺骨帰らず

太平洋戦争開戦から66年、115万人の遺骨帰らず(朝日新聞2007-12-08)
http://saint-just.seesaa.net/article/72149812.html

日本軍のハワイ・真珠湾攻撃で太平洋戦争が始まったのは、66年前の今日だった。異国へ出征したまま帰らぬ肉親や友を、現在も捜し続ける人たちがいる。政府は昭和27年(1952)から海外戦没者の遺骨収集を続けるが、未だ115万人が帰っておらず、当時を知る人が少なくなり年々困難になっている。嘗ての激戦地には戦死した当時のまま放置されている白骨遺体もある。「国のために犠牲になった人々に責任を持って欲しい」。高齢化が進む遺族らは訴える。

1万人以上の日本兵が死亡したインドネシア・パプア州のビアク島。11月初旬、日本政府の派遣団が集めた115人の遺骨が島内で火葬された。「今まで放っておいてご免ね」。メンバーの1人、岩渕宣輝さん=岩手県奥州市=が頭蓋骨を撫でながら語りかけた。
3歳で父親をニューギニア戦線で亡くした。届いた木箱に遺骨はなかった。「親父の所に行きたい」。中学生の頃から航空会社で働くと決めていた。ニューギニア航空に勤めながら、父親たちを捜し続けた。ニューギニアへの渡航は260回を超えた。

予備士官学校生として旧満州(中国東北部)で終戦を迎えた荒木正則さん=大阪府河内長野市=は、シベリア・ホルモリン地区に3年間抑留された。
平成14年(2002)、慰霊で訪れたシベリアで、日本政府の派遣団による遺骨収集作業を目にした。泥土の中で土にかえりかけた仲間の骨。「この手で祖国へ連れて帰りたい」。以来、ほぼ毎年政府の遺骨収集に参加している。

佐賀県の「戦没者を慰霊し平和を守る会」は昨年、「政府が戦死者の遺骨を放置しているのは問題だ」として、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。父親を沖縄戦で亡くした副理事長の塩川正隆さんは「死者はものを言えないのだから、私たちが声を上げなければ」と話す。

厚生労働省によると、沖縄と硫黄島を含む在外戦没者約240万人のうち、115万人の遺骨が未だ帰っていない。
政府による南方地域での大掛かりな遺骨収集は、昭和50年度(1975・4~76・3)で終了した。その後は、民間などから情報があった場合のみ収集している。平成17年(2005)、尾辻秀久厚労相(当時)は国会で「集中的に収集し、ある意味で線を引くべきだ」と発言。平成18年度(2006・4~07・3)から「概ね3年間」の計画でフィリピン、東部ニューギニアなどで調査を始めた。

だが、収集予算は平成14年度(2002・4~03・3)から減り続け、今年度は約1億9800万円だ。
ハワイに本部がある米国防総省の戦争捕虜・行方不明者捜索司令部(JPAC)は今年6月、8人の調査チームを、激戦地・硫黄島に派遣した。目的は、62年前に倒れた1人の軍曹を捜す事だった。当時の軍の記録や証言に基づき、約10日間かけて崩壊した洞窟などを調査。今後、発掘作業のチームの派遣を検討するという。
JPACのスタッフは425人で、予算は年5000万ドル(55億円)。約8万8000人の未帰還米軍人を捜している。
「軍人を大切にするのは、次の戦争への準備でもあるのでしょう…」。岩渕さんはそう言った後、自らの言葉を打ち消した。「それでも、国のために犠牲になった人間を、国が責任をもって帰すのは当然じゃないか」

想いで動く、熱い想いで生きる 北天の雄  阿弖流為(あてるい)母禮(もれ)の慰霊祭

北天の雄  阿弖流為(あてるい)母禮(もれ)の慰霊祭
例年どおり、今年も清水寺で執り行われました。


清水寺は坂上田村麻呂公による発願のお寺で、田村麻呂とアテルイのいにしえの縁を記念して
「アテルイ・モレ供養碑」が「清水の舞台」下に建立されています

当日、供養碑の御前で、笛の奉納たっぷり30分ののち、法要。
111112_1111~01

お導師さまは、清水寺 森清範貫主様。
ご僧侶の方々による散華3回ののち、貫主様による表白。

この日のために、したためられた長文を読み上げされるさまを
列席者みなさんは聞き入っていました。アテルイ・モレの偉業、そしての東日本大震災のことも述べられました。


列席者は、アテルイ・モレ、坂上田村麻呂を歴史研究している諸々の会のみなさん、新聞社、国会議員、市長、
そして今、アテルイのミュージカルを全国で上演している東北のわらび座から
アテルイ役・戎本 みろさん、坂上田村麻呂役の宮本 昌明さんが!!

法要の後は、貫主様と記念撮影
懇親会の後、最後は、清水寺御堂にて、わらび座のアテルイ・坂上田村麻呂による踊りと歌の奉納でした。

突然、清水の舞台前で始まった奉納に、観光客もびっくり。なんだなんだって感じで。

アテルイ役・戎本 みろさんの踊る東北舞踊は、霊気とエネルギーに満ちてて、圧倒されました。
写真を撮ったのですが、すごいエネルギーというか光がかかっててお顔も光でぜんぜんわからない。

最後は田村麻呂役の宮本 昌明さんも加わっての、ミュージカルアテルイの曲「日高見我がまほろば 」
を熱唱いただきました。
ほーおおおおおおお・・・・
ほんとうに、言葉ではいいつくしがたい魂からの感動を受けました。
これもまた光ってて、お人の識別ができない。

個人的には、田村麻呂役の宮本 昌明さんと2回もおしゃべり、念願の握手も^^
役者さんって、意識してるからかもしれませんが、なんかやっぱりいるだけで強力なエネルギーを感じます。


列席されていた、伝 アテルイ・モレの塚保存会(大阪 枚方市)の会長さんとのお話の中ですごく印象に残ったのは

「アテルイ・モレのことを後世に引き継いでいくことなんです」
「特に(枚方は)(アテルイ・モレの)最期の地ですから。。。我々は一番がんばらないと。。」
参照:http://chibichan931.blog106.fc2.com/blog-entry-1984.html

歴史探究というと、ついつい自己陶酔の趣味の領域を想像してしまいますが(すいません)

ちがう。。。

今回の法要より前、お彼岸の9月23日に、大阪枚方市の牧野公園で、
アテルイ・モレ祭という催しが、アテルイ・モレの塚保存会主催で執り行われました 
参照:http://chibichan931.blog106.fc2.com/blog-entry-1985.html
大阪各地の幼・小・中学生とその親御さん、地元の人たちが、何の違和感もなく、当たり前のようにアテルイ・モレ祭ということで牧野公園にやってきて、学校の運動会や学芸会のように踊ったり、紙芝居したり、弾き語りしたり。。
片埜神社の宮司さんが裏方しながら。
なんで幼稚園児や小学生中学生が長時間もお遊戯や芸能を披露するのか???と不自然に感じてました。
こっちが違和感を感じてました。

それも毎年やってるそうです。
そんなにアテルイ・モレのことは住民生活に親しんでるとは思えないのに。。

不思議に感じたので、会長さんに伺ったら

「(園児たちは)やってる今は、わからないけど、体の中に入りますから、、ね。いつかわかるでしょう」

あーーーそうか!
もうこれ以上は、言葉にしない方がいい。


後世に引き継いでいく---このことのために、大人たちが一生懸命になってる。

何を?

アテルイ、モレの名を残そう、というより、
生きざま、想い、いのち、人としてのすがたを
世を担う子どもたちに引き継いで伝えていく。
そのために、碑を建てたり、塚を建てたり、法要をしたり、お祭りをしたり、副読本を作ったり、
普段は社会生活を共にしていない大人たちが集い、頭を下げ合い、お金にならない活動を地道に続けている。

普段、仕事にしても何にしてもとかく、現実生活、損得、利益・不利益、いい目にあうなどを基準に生きているわたしたち

想いで動く、熱い想いで生きる、

111112_1457~01


法要に参加させていただいて、
まるでこころに炎がついたような想いです。

この炎を消えぬよう、ともし続けたいと思います。
111112_1455~01 (2)


10時から始まって、この日のすべてのスケジュールが終わったのは15時。
帰りに供養碑に立ち寄ったとき、ほんのりやさしい喜びの波動を感じました。

ホピの予言-7  人は「何を楽しもうか、何を食べようか」だけ考えている

ホピの予言-7


精神性を失った現代人

惑星のあらゆるところで起こっています。

人は 「何を楽しもうか、何を食べようか」 だけ考えている。


己を大地の所有者であると思い込んでしまった。
物質的生き方を選択してしまった。
元の生き方に戻ることは難しい。 なぜ?


人間は行き過ぎてしまいました。  すでに。


でも方向を変える時間はいくばくか残っている。



その可能性は 個人次第です。

一人ひとりにかかっている。


自分自身をみつめなければ




ホピの予言 多くの命が奪われるだろう。あらゆる災害が起きるだろう

ホピの予言-6

ホピの予言はずっと
物質的な生き方から本来の精神的生き方へ戻るよう訴えてきた。



ホピ族のマーチン.ゲスリスウマ氏に聴く

「これから世界で起きることは より過酷です。

それに対して、まだ人間はそれを引き受ける準備ができていない。
多くの命が奪われるだろう。
あらゆる災害が起きるだろう。

それが物事中心できてしまった故の進み方です。



一本の杖を持つ人物は、永遠の命を表す。

でも人類は、まだその時期(永遠の命)じゃない。

人類は、まだ耐えなきゃいけない。


外に行って人の命を奪うこと(戦争など)をしてはいけない。
それは必ず代価が伴う。つまり人の命を奪えば、自分の命がとってかわられる。



イラク戦争について

反対運動やデモによって戦争は止められるか?

いかなる反対運動、デモでも止められない。
ことは進むしかありません。


坂に置かれたボールのように転がり始め、止まらない。


今回の戦争は、浄化の一部です。

第一次世界大戦・第二次世界大戦でも、警告した。


これは第三次世界大戦の始まりです。
ほかにも起きます。悪い人たちが取り除かれるまで、繰り返されます。


人間は、十字架をシンボルとして、ウランを掘り起こすようになる

ホピの予言-2


アリゾナ州のウラン採掘場:ビッグマウンテン

先住民たちが知っている唯一の法律は、

「自然の法則」
 である。


しかし、白人たちは、白人たちが作った法律で、彼らを強制移住させようとした。
巨大な鉱物資源のためである。


しかし、大地は母であり、体である。

わたしたち地球の体であり、内臓である。

地球が存続するためには、大地の内臓である鉱物も必要なのだ。


しかし、米議会は、強制的に移住を執行する。



ホピ族に代々伝わる世界の預言を伝えるために選ばれたメッセンジャー。
アメリカインディアンの中でも、最も神聖と言われるホピ族。

ホピの先祖は、

「この世界では、自然と調和して生きよ」

と、予言の石版を受け継いだ。

いろんなものを発明する人間が平和のために正しく使えるようになるまでは、
ウランといった鉱物は、掘り起こしてはならない
、とされた。

それを教え伝えるのが精神指導者の役目。


石版には2本の道が描かれている。

上は人間が発明によってつくった道。

下は、地震や災害などで破壊されないよう祈りで守られている道。



やがて人間は、別のシンボル、すなわち十字架をシンボルとし、ウランを掘り起こすようになる。

つづく・・・



ホピの予言 広島・長崎に落とされた原爆の材料、ウランは....

ホピの予言
映画より


広島・長崎に落とされた原爆の材料、ウラン

アメリカの先住民インディアンの地から採掘されたものだった。


アメリカインディアンたちは、すべての生きとし生けるものとつながっており、
共生、調和、均衡を保てるよう、歌や踊りを捧げる。

彼らが最も崇拝するは、

グレートスピリット と 母なる大地である。

大地から与えられる恵みを生活に必要な最小限のものだけを収穫する。


片やいわゆる先進国の消費の仕方は.....
thlings Japanese Subtitle (参考)(まさに我々の生活です。如実に)
http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=thFyxG5_V4c



インディアンたちの住む大地が、果てしなく破壊され続けてきた。

石炭、石油、ウランが地下に眠るからである。

米、多国籍軍による1980年からのエネルギー戦争が発端。
ユタ、アリゾナ、コロラド、ニューメキシコは中でも鉱物資源の中枢。
西海岸の大都市に電気を供給している。全米の2/3のエネルギー資源がここから出ている。


歴史・いきさつ
インディアン、先住民は、侵略してきた合衆国によって、住む土地を追われて強制移住させられた。


ところが皮肉にも、移住させられた地が、エネルギー資源の宝庫だったのだ。


つづく・・・

映画「ホピの予言」

再び原点に帰って


映画「ホピの予言」自主上映のお願い

ランド・アンド・ライフhttp://hoshimeguri.com/landandlife/

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 ドキュメンタリー映画「ホピの予言」をご存知でしょうか。「ホピ」とはアメリカ先住民ホピ族のことで「平和」を意味しています。映画は1986年に製作され、チェルノブイリ原発事故後の「No Nukes」のうねりの中で全国自主上映されました。また88年夏、八ヶ岳「いのちの祭り」や、広島~北海道を駆け抜けたインディアンランニングにおいても、ホピのメっセージは大きな役割を果たしています。その後は、時代の流れの中で、環境問題や精神世界に関心を持つ方々によって途切れることなくご覧頂き、公開から16年が経ちました。
 ホピは2,000年以上にわたって、偉大なる精霊からの教えを部族の間で語り継いできました。しかし、広島と長崎の原爆投下を契機に、予言が語る人類への警告を世界に発信したのです。それから50数年、21世紀に入り、私たちは9.11やアメリカによるイラク攻撃を目の当たりにしました。それはホピの警告してきた「浄化の時代」の始まりであるかのようです。ホピのいう平和は、大地を母とし、全ての生命との調和に拠り所をもっています。これはアメリカ先住民の共通する世界観です。現代世界が抱えている病理を象徴しているかのような、今のアメリカの在り方を考える時、その問題の根本にあるのはアメリカ先住民の存在です。地球の民といわれる彼らの言葉に耳を傾け、本当に平和な時代を築くために、私たち自身も生き方を見つめ直したいと思います。
 ランド・アンド・ライフでは再び原点に帰って、「ホピの予言」の上映活動を始めます。自主上映やランド・アンド・ライフに関心のある方は、どうぞご連絡ください。一度映画をご覧くださった方も、今一度、是非ご覧ください。ホピが伝えるところの真実と、そしてこの16年間のあなたご自身の歩みに間違いがなかったことに、きっと気づかれることでしょう。
      
「平和こそが偉大なる精霊の意志である」 ホピ平和宣言より

   2003年12月
                  ランド・アンド・ライフ  辰巳 玲子

ミュージカル アテルイ わらび座 全国上演中 2012.3まで

「他に何もいらない この国があれば 
             美しい日高見は 我が心を満たす泉」


ミュージカル アテルイ わらび座 http://www.warabi.jp/aterui2011/
全国上演中 2012.3まで



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