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蝦夷  人とは

『続日本紀』原文
巻卅六宝亀十一年(七八〇)二月丙午十一

丙午。陸奧國言。去正月廿六日。賊入長岡燒百姓家。
官軍追討彼此相殺。若今不早攻伐。恐來犯不止。
請三月中旬發兵討賊。并造覺鼈城置兵鎭戍。

<訳>
陸奥公(むつのかみ):紀朝臣広純が次のように言上した。
「去る正月二十六日、賊が長岡(宮城県古川市長岡)に入って民の家を焼きました。
官軍はこれを追撃しましたが、双方に死者がでました。若し今早々に征討しなければ、
恐らく賊の来襲・侵犯は止まないでしょう。
三月中旬に、兵を発して賊を討ち、併せて覚ベツ城を造り兵を置いて、鎮め守ることを請い願います」と。



<原文>
勅曰。
夫狼子野心。不顧恩義。
敢恃險阻。屡犯邊境。
兵雖凶器。事不獲止。
宜發三千兵。以刈遺蘖。以滅餘燼。
凡軍機動靜。以便宜隨

<訳>
天皇は次のように勅した。
「狼は子供でも野生の心をもって恩義を顧みない。
そのように蝦夷も敢えて険しい地形を頼みとしてしばしば辺境を侵犯する。
兵器は人を害する凶器であるがこの際使うこともやむを得ない。
よろしく三千の兵を発して卑しい残党を刈りとり、敗残の賊兵を滅ぼすように。
すべて軍事作戦の行動は、都合のよい時に、随時行なえ。」




ときの帝:光仁天皇(平安京を築いた桓武天皇の父)が言う「狼」とは、蝦夷をさします
卑しい残党とは、蝦夷をさします。

大和朝廷によって、辺境の地、陸奥方面(今の東北から北海道)においやられた民は、蝦夷と呼ばれ、
貧しいが心ゆたかに暮らしていました。
一方、都では、聖武天皇の国家鎮護を目的に造営された大仏に、多大な「金」を要しました。
もともと金を保有しない日本は、その確保を唐に頼らねばならず、莫大な年月と費用を要します。

そのとき振って沸いたのが、辺境の地、陸奥より算出された「黄金」でした。
天皇は、これこそ仏の加護と狂喜して、陸奥に遠征します。実際に赴くのは内裏に出仕する公家たち。
我が身の出世と保身と利欲に意欲満々な人間ども。

赴く先で、理不尽なやり方で、蝦夷を坑夫に使役し、蝦夷の方から抗ってきた、と罠をかけては、
蝦夷との小競り合いを繰り返し、蝦夷の娘たちは、朝廷の兵らの慰みものとされ(性の道具にされ)、
都でも蝦夷は野蛮で獣にひとしいものとされた。

もともと黄金など蝦夷にとっては無用のもの。

しかし、蝦夷を人としていない朝廷は、朝廷の権力拡大と黄金のために陸奥を蝦夷を征伐しようと、
それはもうもう気が遠くなる年月を費やします。

天皇が、同じ人間を「狼」「卑しい」と・・・
天皇という人材がいかなる程度の人物であったか。今と違って、情報、交通の発達のない時代とはいえ、
同じ人間を「あいつらは野蛮」「こっちはまとも」とする、それが天皇。。。


永年に及ぶ、朝廷の理不尽に、とうとう起ったのが、伊治公呰麻呂(いさちのきみ あさまろ)

『続日本紀』
陸奥国上治郡(伊治郡・これはる)の大領・外従五位下の伊治公呰麻呂が反乱をおこし、徒衆率いて按察使・
参議・従四位下の紀朝臣広純を伊治の城で殺した。


紀朝臣広純といえば、藤原仲麻呂らをはじめとした藤原天下の時代には出世の憂き目をみなかった紀の氏。
出世、権力、黄金、女に狂いまくった人生を陸奥で過ごす。
陸奥公・按察使・鎮守府将軍を兼任。参議上りつめる。

さらに『続日本紀』では
伊治公呰麻呂は俘囚(帰服した蝦夷)の子孫である。初めは事情があって広純を嫌うことがあったが、
呰麻呂は恨みを隠し、広純に媚び仕えるふりをしていた。広純はたいそう彼を信用して特に気を許した
と。

『続日本紀』では、呰麻呂をさんざん謀反人に仕立て上げているが、歴史書、つまり、残されているもの、
というのは、中央(朝廷)政府の歴史書ですから、当然中央の側にたって描かれた内容。
ウソがあること、裏があること、企みがあることは明白です。
むしろその逆を読めば、真実が浮き彫りになってきます。

歴史は常に、学校教科書は常に、中央政権の側から描かれたもの、、、
それを読み、教育を受けてきた私たち日本人。



高橋克彦氏の「風の陣」

「狼は子供でも野生の心をもって恩義を顧みない。
そのように蝦夷も敢えて険しい地形を頼みとしてしばしば辺境を侵犯する。
兵器は人を害する凶器であるがこの際使うこともやむを得ない。
よろしく三千の兵を発して卑しい残党を刈りとり、敗残の賊兵を滅ぼすように。
すべて軍事作戦の行動は、都合のよい時に、随時行なえ。」

光仁天皇からの勅書を陸奥国 紀広純は一気に読み上げ、「この通りじゃ!お許しを得たぞ」
広純の言葉に政庁(多賀城)は歓喜に包まれた。

一人、呰麻呂(鮮麻呂)だけは青ざめていた。
ぶるぶると体が震える。
[狼だと!卑しい蝦夷だと!]
信じられない言葉であった。
[朝廷に永年恭順してきた蝦夷を・・・刈り取って滅ぼせと言うのか!]
それが他でもない天皇の言葉なのである。
[おれは何のために堪えてきた!]
情けなかった。悔しかった。腹が立った。泣きたくなった。勅書をこの場で引きちぎってやりたくなった。
大声で喚きたかった。
[蝦夷は卑しい狼か!]
結局はそういう目でしか蝦夷を見ていなかったのか。薄汚い獣の仲間としか。
必死で鮮麻呂は堪えた。
怒りで我を忘れてしまいそうになる。
睨んだ広純の顔がにじんで見えるのは、堪えてもどうしようもなく溢れる悔し涙のせいだ。
鮮麻呂はうつむいて涙を隠した。

「今宵は多賀城挙げての祝宴といたす」
広純のはずんだ声に広場は沸き返った。
[こんな者どものために・・・・]
自分を殺していたと思えばめまいがする。
自分のこれまでがすべて無駄であった。
鮮麻呂の目からぼたぼたと涙がしたたった。

この世に蝦夷ほど哀れなものはあろうか。
獣とさげすまれたのである。


鮮麻呂の胸の中に激しい炎ほむらが生まれた。


ここで、現代人なら、日本なら「そこはうま~く一旦従って、あの明治の文明開化みたく、こっちから学んで
力をつけていきゃいいじゃん。時代も変わるよ、それが知恵というもの。むざむざはむかって死ぬことないよ」
と、だれもが思うでしょう。

でも、そんなもんだろうか・・・
人って、その時その時の窮地に際して、策士するばかりでいいのだろうか。


歴史上、蝦夷が選んだ道は、
恭順(降服)すれば、朝廷の支配のいいなり、ましてや相手は蝦夷を人と見ていない。お帝から「獣」とされた
のである。蔑みや貧しさにはいくらでも堪えられようが(それすら現代人には無理)、降服すれば、自ら獣と
認めることになる。それでは蝦夷の心が死んでしまう。

鮮麻呂の決起の後、ご存じのとおりアテルイ、そして安倍一族、さらには奥州藤原氏へとその想いは受け継が
れていきます。


呰麻呂(鮮麻呂)が、陸奥国 紀広純をあやめると決起した時のことば

「お帝(おかみ)は我ら蝦夷を卑しき獣と断じた。百年以上も理不尽に抗い(あがらい)もせず諾々としてきた
我ら蝦夷を、だ。我らがいったいなにをした?食う米を奪われ、娘らは兵の慰みものとなり、さもなきことで
命を取られ、少しでも異を唱えれば捕らわれて厳しい労役に回される(注:例えば、黄金採掘のためには、
夏でも凍るほどの水に腰まで浸かって半日以上を労役するという過酷なものでした)。おれには内裏こそ獣と
しか思えぬ。己らが獣ゆえに相手も獣としか見えぬのだ。そなたらの親や幼き兄弟は獣か?貧しい暮らしを
必死で堪え、ろくな衣も着られず、それでも親子で雨風をしのげる小屋のあるのを幸せと喜ぶ者たちが獣なの
か?欠けた椀を大事に使い、野の花を一輪摘んで飢えを忘れようとする女子供のどこが獣だ?一人も朝廷の兵
に殺されずに済んだ子らに看取られて死ぬことこそ無上の幸せと思う親のどこが獣なのだ。おれはその言葉を
決して許さぬ!どれほど苦しく切なくても笑いを絶やさぬ者たちを、なにゆえ獣と蔑み、根絶やしにせよと口
にできる。憎いならそれでいい。恐ろしいなら好きにしろ。黄金が欲しいなら奪えばいい。だが、獣と呼ばれ
てはこれまでに堪えて死んでいった者たちが哀れ。魂も浮かばれぬ。朝廷の心底はこれで見えた。この先、
何百年過ぎようとあの者らは蝦夷を人として扱うまい」

鮮麻呂から内密の決起を聞かされた少数の配下の者たち全員が溢れる涙を袖で拭った。
悔しいのである。悲しいのである。
獣と言われては生きている意味もない。

「今となっては、広純ごときになんの恨みもない。あの者はただの手先」
「が、あの者を殺せば、蝦夷らも心を一つにするしかなくなる。半端な心では朝廷に立ち向かうなど無理。
蝦夷を必ず、今以上の苦境に追いやることとなるであろうが、ここできっぱり悪縁を断ち切らずして未来は
ない。そのために広純の首を獲る。そのときより蝦夷の新しき道が開けよう」

「手柄などない。勝利の喜びもあるまい。おなじ蝦夷からも身勝手とそしられよう。双方から(蝦夷/朝廷)
裏切り者と見做される。それでも・・おれはやらねばならぬ。私怨でもなければ、己の大望のためでもない。
ただ風となる。蝦夷の心を一つにさせる大風となる」


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依存症

依存症


依存症といえば、覚せい剤をはじめとする薬物依存症から始まって、アルコール依存症がまず思い浮かぶ。

以前、TVで、セックス依存症などというものも存在することを知った。
異性に関心をもってもらわずにはいられない、男に抱かれないと自分を生きられない依存症があるという。

はっきりいっておぞましい、というか、かなりの嫌悪感を感じた。


ちびちゃんのHP http://chibichan931.web.fc2.com/
では貧困や自殺のことをテーマにいろいろ当たってきたが、どうも依存症というものに関しては、
何かしら受け入れがたいというか、理解が及ばないというか、もう最初っから固定概念でくってかかろうと
する自己意識がはたらいていて、実態を知りたいという積極的な思いになれないでいた。

そんな折、依存症をテーマにした研修を受けることができた。



「依存症の理解と治療共同体の役割」

Addiction & TheRecovery

NPO法人三重ダルク 市川岳仁 氏



ダルクとは民間の薬物依存症リハビリ施設で、全国各地にある。

市川氏は三重ダルクの常務理事、
障害者小規模作業所『リカバリー』の所長
龍谷大学矯正保護研究センター嘱託研究員
といった肩書から、いわゆる学問的に依存症を語ろうとする研究者さんだろう、、、と想像されたが



とんでもない、

そんな人ではなかった。。。





1970年代、名古屋市の平安通で生まれ育ち、

中学一年の時、パニック障害(過呼吸)に罹り、精神科通院

精神安定剤などの薬物依存症になり、

ダルクを知って、そこでの生活で回復を得る。





東海生活保護利用支援ネットワークの総会後の研修として行われたため、聴講者は、弁護士、司法書士を
はじめとした、一見お堅い人たち。。。



ラフな出で立ちの市川さんは、席上でのあいさつで、

「さっきこの司法書士会館の下まで来て『あ、ここじゃない』(場違い)って、いったん出たんですよ。」(笑)



市川さんの講演内容

みなさん、飲酒運転を減らす方法はなんでしょう?



「飲んだら乗るな!」「乗るなら飲むな!」っていうあのスローガンでかたずけようとする。

そしてアルコール依存症の治療を法律の中に組み込もうとする。。。

が、そもそも、そんなモラルがどうのこうのというものじゃなくて、

お酒がやめられない人たちがいるってこと。。。

(神奈川県内での調査では、飲酒運転で捕まった人の60%弱に、アルコール依存症の疑いが認められた)





多重債務

あいかわらずTVのCMを派手にしている貸金業の「ご利用は計画的に」、のキャッチフレーズ。

「ご利用は計画的に」、というが、

そもそも 計画的に利用できない人がいるわけで。。。



多重債務の背景には

○ギャンブル依存症

○買い物依存症

○薬物依存症
などがある



薬物依存症、と一言で言っても、何も覚せい剤だけに限らない。

例えば、咳止め薬・・・あれを一日20本も飲む人がいる、これも立派な薬物依存症である。



WHOは「依存症」には4つの側面があるとする



○社会的(Social)

○からだ(Bio)

○こころ(Psycho)

○霊的(Spilitual)



霊的(Spilitual)という概念は日本にはあまりなじみがないですが、

○社会的(Social)・・・逮捕・処罰・失業・失墜・借金・友人をなくす 

○からだ(Bio)・・・肝機能障害・ウイルス感染(ex:HIV)・脳のダメージ(幻覚、妄想)・事故死・自殺

といった、外から見える部分は、人が見て、社会が見てわかる部分で、その見える部分だけで、
今まで依存症に対する対策が取られてきた。

しかし、実は当事者の内面(はたから見えない部分)

○こころ(Psycho)・・・不安・恐れ・コンプレックス・罪悪感・抑うつ

○霊的(Spilitual)・・・慢性的空虚感・自己不全・否定感

こそ、注目されねばならない。



ところが、社会通念では「依存症」に対する理解は、アルコールも、覚せい剤も、薬も、肉体側から脳や体を
蝕むものだ、「恐ろしいものだ」「ダメ」「絶対ダメ!」

悪いことだっていうスローガンだけがつくられちゃう。

内面を見ていないわけで。。。。



ここに「依存症」に対する誤解がある。



薬物、アルコール、ギャンブル、ニコチンそのものに毒性・魔力がある、コワイ←社会の見方

薬物、アルコール、ギャンブル、ニコチンそのものに毒性・魔力があるのではない←本来の見方



「中毒」と「依存」がごっちゃにされている

「中毒」とは「あたること」

「依存」とは「はからい」



そもそもなぜ「依存症」が起こるのか

例1
ずっと性の虐待を受けてきた人

大人になってもその時のスクリーンが記憶として蘇り、結婚してからも、恋愛でも思い出される。

精神科で、たまたま出された薬がやめられなくなった。

お酒を飲まないと夫に抱かれることができない。



例2
阪神淡路大震災の被災者

肉親を失うシーン、自分や周りの人々が瓦礫の下にあるシーンが蘇る

たまたま飲んだ酒。。。だんだん常になり、やめられなくなる。



例3
トラック運転手

社会(他者)に認められたいがゆえに、覚せい剤を使ったら、たまたまいつもの自分よりパーっとする、
バリバリ働ける。

これなら社会で認められる、と感じた。



例4
発達障害→家庭でも、社会でも叱られること多い→劣等感

教育の機会も与えられず生きてきた。
でもクスリを売りさばくことで、これを必要とする人が自分に寄ってくる。自分は頼りにされてる。



例5
機能不全家庭で育ったことで、慢性的な自己不全感(空虚感)

他者から必要とされたい!→関係性の依存「何かしてあげたい、何かしてあげたい」



何をどう「はからう」のかによって、何の依存症になるかが変わってくる



もの
ニコチン、カフェイン、薬物、食べ物、アルコール、砂糖



人間関係
虐待(暴力)、恋愛、セックス、共依存



行為
過食、拒食、ダイエット、ギャンブル、ショッピング、仕事



こうなってくると、「依存症」は、ほとんどの人に関わってくる!

どんな依存症になるかは、その人のもともと持つものによって決まってくる。

「薬物」という依存症があるのではない。各人のもつものによる。



ところで、覚せい剤といえば、あの「ヤク」がきれる時の幻覚、苦しみ、悶え、、、、禁断症状の地獄

そして、一夜耐え抜いたあくる朝のあのまばゆいばかりの光、、、

あれっていうのは、全部、嘘だそうです、TVのフィクションだそうです。

覚せい剤には、そもそも禁断症状なるものは、ないそうです。




依存症になる人の傾向

依存症リハビリ施設「ダルク」利用者の最終学歴



中学卒 53.9%

高校卒 38.2%

専門卒  5.9%

大学卒  2.0%



半数以上の人が、中学の段階ですでに何らかの問題を抱えていると思われる。

それは、

発達の障碍(知的障碍、ADHD・PDDなど)

虐待の影響

家族がまた依存症である

精神疾患

といった、生きづらさ、、、これらがドロップアウトの原因になる。




市川氏自身の依存症の体験を例にして

1982年発症

1980年代は、「精神科患者」であることは、かなりのスティグマだった。

「閉じ込める」、「監禁する」、周りにとても言えない、ホントのこと言えない時代であった。



市川氏は、不適応からひきこもり、挫折の繰り返し

買い物依存へ

これは外側の自分をきめる、、見せる自分である。ブランドでかためる。

なぜこんな行為に走るのか?→「自分が好きじゃないから。」

「自分を好いてくれる人を求める」→恋愛・セックス依存へ

やがて恋愛相手のことを考えて、仕事も手につかなくなる。



その後パチンコ依存を経て、薬物依存へ。

薬を飲んだから「依存症」になったんじゃない。自分が自分を好きじゃなかったから、
自分が認められないから、
つまり根っこの部分が解決していなかった。



(酒もパチンコもそうですが)
「もう、薬、やめます!」とTVなどでタレントが涙ながらにしゃべる。

しかし、そうは言ったものの、やめられない。。。

意志の弱さ、だらしなさを指摘、否定され、責められる。

ここでまた、外の部分だけを責められることになる。



そこで、市川氏より

「やめられないことを恥じてしまって、ますます手助けを求めなくなる。

「私やめられないんです」「助けて」・・・・・・・といえることが大事!



この間市川氏の依存症は、1995年、ダルクに行くようになり、回復が始まる。

市川氏:「精神科に行っても、医者から『がんばれ』と言われても、「なんだこいつ」と思ってた。

「りっぱなセンセー、ネクタイしめたよーな人に私は治してもらったんじゃないんです。」



ダルク・・・そこにいたのは、不登校、退学、転職、借金・・・精神病院、刑務所にかつていた人たち。

開けてみたら、妖怪みたいな人たちでした。(笑)

「消えたい」「死にたい」「やってらんない」・・・同じような仲間がいることで、

「自分だけじゃない」「自分も回復できるかも」

そういったところにいた、自分と同じような経験をした人たち。





一番の医者(先生)は、(依存症が)ちょっとよくなった状態の人です。
治ってだいぶ経った(15年経過)の私なんかは、もう役に立たない。(笑)

薬物を使わない生き方は、回復中の人に聞くのが一番。



「今日、薬とりたくなっちゃって。。。」



「あ、わかる、わかる、、、」

「一人になるなよ」

仲間が引っ張ってくれる。



それを市川氏は「分かちあい」sharing と表現する。

助けられる側だけじゃなくて、助ける側にもなる。

自分も当事者であるからこそ共感できる。



確かに。。。

人のために何かしているとき、実は助けている側の方こそ、その行いをすることで、自らをたすく、

助けられているものです。(ちびちゃん)



新しくダルクにやってくる仲間と分かちあっていると、自分の挫折の経験もまんざらでもない、

「役に立つことがあるんだ」「必要とされているんだ」という感覚から自尊心が育ってくる。



さらには地域社会に受け入れられ、「私は役に立つ人間である」という自尊心を持てるようになる。

結果、自己価値が上がることによって、再発しなくなる。



つまり、薬物依存からの回復には、

「自分は必要な存在であり、役に立っている」という感覚を得ることが必要。



こういうプログラムは刑務所や病院にはない。



仰々しいカウンセラー、臨床心理士、なんていう資格、何も持ってない、研修なんて受けてない

なのに、相談に来た人をもう助けてる。何の専門的なものでもないのに。



しかし、ここにこそ、真実をみた思いがしました。(ちびちゃん)



しかし、薬物依存者が役に立つための場所と言うのは日本社会のどこにあるのだろうか?



彼らは助けてもらう存在、罰を受ける存在でしかない。





自治体の保健所、役場の悲惨さ

生活保護を求めにくる病んだ人を

追い返す職員、

「ホームレスになれば」「風俗で働けば」「親、親戚に養ってもらえば」「まだ働けるでしょ」



精神科では、医者は精神疾患をひとくくりに「うつ病」と診断し、お決まりのように薬を出す。



なぜ、真の治療が当たり前のように自然に行われているところがある一方で

へんに偏見、屁理屈、体裁、虚飾ぶった偽りの対応(役所や病院、刑務所)が行われているのか、

そのギャップの大きさに唖然とします(ちびちゃん)

「自分は貧困問題の支援(草の根)をしているが、支援すべきはずの現場(役場など)が、本来の支援に
なっていない、そのギャップの大きさにとまどう。なんでですか。」との質問に対し、市川氏は、



世の中というものは、ある低いレベル、堕落、低い価値基準というものを必要とするもんなんです。

それがあることで「それ、オレはこんな輩とは違うんだ」と思えるから。

(実にさみしい言葉ですが、、、たしかに、言える。。。)

裁判では被告

刑務所では受刑者

医療では患者



そして、本当は、“専門家だから”治癒できるってわけじゃないのに

専門家は、「自分のおかげで治った」っていう自己効力感を味わいたいだけ。



これを聞いて思い出したのは、以前、ある講演会で精神科医が

「私も頑張ってますからね、それで患者さんがよくなって、『せんせいのおかげで』って言われて、
「ああやっててよかった」って思うんですよ」と語ったこと。

ちょっと違和感を感じたのを覚えています。それで思い出しました。(ちびちゃん)



医者はつまり、自分の治療がよかったのね、を言いたいんだ。



世にある臨床心理士、カウンセラー、精神科医、弁護士、社会福祉士、

世の中はそういう専門家だの、プロだの専門性だのといった側から「依存症」を診断し、定義づけし、
治療も勝手に方向づけてきたような気がする。(ちびちゃん)



当事者としての経験を分かち合う自助というスタイル

薬物をやめたい仲間の手助けのみが基本

「自らは決して専門家ではないし、強い信念があるわけでもないが、
自分がかつて苦しんだことで、今、目の前で苦しんでいる人を放っておけないと感じるから
活動しているだけである」



「ダルクでは、利用者だけでなく、スタッフも自己肯定感を高め、自らの回復促進しており、
専門家が一方的に援助や治療を施す温情主義や、権威的上下関係が入り込む治療・援助構造とは異なる
価値観で構成されている。」



なるほど、と思う。そもそも依存症のみならず、うつ病などの精神的病というのは、外科ではない。
その人の内面から端を発している。
切ったりはったり、ましてやその経験のない者が、専門書を学んで資格をとって、何で患者を治癒できるか、
ずっと疑問だった。(ちびちゃん)



実際、質疑応答中に、ある弁護士からこんな質問が出された。

「私は覚せい剤をやった人を弁護することがよくあります。私の育った環境や経験とはまったく違う人です。
共通点がないんです。そういう人と接するとき、どうしていいのか分からないんですが。。。」

(えーーーそんな気概で弁護士やってんの????と思ったが)



市川氏は、ひるまず

「先生が、その人と『まったく共通点が見当たらない』とおっしゃるのなら、

彼が喜ぶことを示してあげることです」



「・・・?・・・・・・・・??」



「裁判云々のまさに土壇場で、我々がやっているような自助のやりとりなんてできないですよね。

でもクスリをやったその彼が、気持を向けてくるようなこと(裁判上の)を示してあげるんです」



結局その弁護士さんは「はぁ。。。。。」と分かってなかったようでした。



市川氏は実例を腹に描いているようで、にやにや笑っていました。




地域における自殺の基礎資料(22年次暫定値)」が公表 ―ライフリンクニュース

自殺対策支援センタ:ライフリンクのニュースより   2011.2.9

「地域における自殺の基礎資料(22年次暫定値)」が公表

http://www.esri.go.jp/jp/archive/jisatsu/jisatsu_h22_nenji.html

資料は、先月集計された平成22年の警察庁「自殺者統計」(暫定値)に基づき、内閣府経済社会総合研究所が
分析したものです。
これまでよりも踏み込んだ分析がなされ、各地域での対策立案のための基礎資料になりうるものです。

▼自殺者数は前年の32,740人から31,282人と、およそ4.5%減少
▼男女別では、減少の99%が男性。50代男性が減少する一方、中高年女性が微増ないし横ばい
▼職業別では、自営業者(15%減)、失業者(17%減)など、労働力人口で減少。
 逆に年金生活者や主婦など非労働力人口では横ばい、ないし微増

などの全国的な傾向だけでなく、市区町村単位や、過去5年間のデータを用いた「月別×職業別」クロス集計
による分析などがなされています。

○「地域における自殺の基礎資料(22年年次暫定値)」
http://www.esri.go.jp/jp/archive/jisatsu/jisatsu_h22_nenji.html

○参考
「自殺リスクの要因分析」(H21年のデータを分析)
http://www.lifelink.or.jp/hp/sucide_risku.html

ただ、今月下旬には、より地域の特性が浮き彫りになる形でデータを分析し発表する予定になっているそうです。
警察統計を活用した自殺の実態分析により、今後は、地域ごとに戦略的な対策の展開が可能になっていく。
自殺対策が新たに強いステージに突入し始めているのだと思います。

◇◇◇


ドストエフスキーの作品から 処刑寸前から生還した文豪が語る「死刑」

~死刑について考えてみませんか~ 東京拘置所のそばで死刑について考える会(そばの会)2004.8

ロシアの文豪ドストエフスキーは、『罪と罰』・『カラマーゾフの兄弟』・『悪霊』などの長編小説で日本人
にも、大変親しまれている作家です。その彼が、二十八才の時、ある政治事件で逮捕され、裁判にかけられて、
死刑判決を受けました(ぺトラシェフスキー会事件 一八四九年)。刑場に出た彼は、銃殺刑直前に、皇帝の
恩赦が出て処刑を免れましたが、三十秒後の確実な死と直面した時の体験を小説『白痴』の中で、次のように
書いています(少し長いですが引用します)。

   ★☆★

 「……まあ、ひとつ考えてみてください。たとえば、拷問ですがね。この場合は、その苦しみも傷も、すべて
肉体的なものですね。ですからそれはかえって心の苦しみをまぎらしてくれるんです。ですから、死んでしまう
まで、ただその傷のためにだけ苦しむわけです。でも、いちばん強い痛みというものは、きっと、傷なんかの
なかにあるのではなくて、あと一時間たったら、十分たったら、いや、三十秒たったら、いまにも魂が肉体から
脱けだして、もう二度と人間ではなくなるんだということを、確実に知る気持ちのなかにあるんですよ。肝心な
ことはこの『確実に』という点ですよ。

 いいですか、頭をこうやって刀の下において、その刀が頭の上へするするとすべってくる音を耳にする四分の
一秒こそ、何にもまして恐ろしいんですよ。……殺人の罪で人を殺すこと(死刑)は、当の犯罪よりも比べもの
にならないくらい大きな刑罰です。判決文を読みあげて人を殺すことは、強盗の人殺しなんかと比べものになら
ぬくらい恐ろしいことですからね。

 夜の森などで、強盗に切り殺される人は、最後の瞬間まで、かならず救いの希望をもっているものなんです。
もう喉を切られていながら、当人は、まだ生きる希望をもっていて、逃げたり、助けを求めたりする例はいくら
でもあるんです。ところが、死刑では、それがあれば十倍も楽に死ねるこの最後の希望を、確実に、奪い去って
いるんですからねえ。そこには判決というものがあって、もう絶対にのがれられないというところに、むごたら
しい苦しみのすべてがあるんです。いや、この世にこの苦しみよりもひどい苦しみはありませんよ。

 ……ひょっとすると、死刑の宣告を読みあげられて、さんざん苦しめられたあげく、『さあ出ていけ、お前は
もう許されたんだ』と言われた男がいるかもしれません。いや、そういう男なら、きっと、その苦しみを話して
くれるでしょうよ。この苦しみと、この恐ろしさについては、キリストも語っておられますがね。いや、なんと
しても、人間をそんなふうに扱うのはよくありません!」

(新潮社刊 木村 浩訳)

   ☆★☆


 この綾瀬のすぐ近くの東京拘置所に三〇余名、全国では六〇名を超える死刑確定囚がいます。彼ら(彼女ら)
は日々「明日、死刑が執行されるかもしれない」という状況におかれています。日本では、執行される当日の
朝、看守から「今日でお別れだ」と本人に告げられる、世界でも他に例を見ない制度の中で、死刑囚は暮らして
います。

 ことによると、日本の死刑囚は、先に引用したドストエフスキーの体験と告白よりも、過酷な条件におかれて
いるのかもしれません。




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